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畑の塩分を逆手に、栄養満点の野菜を育てる!新しい栽培作戦

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気候変動や不適切な灌漑により、世界中で深刻化する「土壌の塩性化」。
農業生産に大きな打撃を与えるこの問題を、逆に活用する新しい栽培技術が注目されています。

土の中の塩分濃度は、野菜の成長や品質、栄養に大きく影響します。

最近、地球の気候変動や不適切な農業用水の使い方によって畑の土の塩分が多くなる「塩性化」が進み、世界中で農業生産に深刻な問題を引き起こしています。

塩性化とは、土の中に塩分(主にナトリウムという成分の塩)が溜まりすぎて、植物が水を吸えなくなったり元気に育てなくなったりする現象です。

こちらの記事では、野菜科学研究会がご紹介する論文をもとに、この深刻な塩性化の問題を解決するための最新技術を整理します。

さらに「適度な塩分ストレス」を逆手に取り、野菜の味や栄養をアップさせるという「塩分ユーストレス(良いストレス)」という新しい発想をご紹介します。

塩性化が野菜にもたらす3つのダメージ

畑の土の塩分が多くなると、野菜にはどのような影響が出るのでしょうか。
具体的には、次のようなダメージを受けてしまいます。

  1. 脱水状態になる
    土の塩分濃度が上がると、植物の根の外側の方が、内側よりも水を吸い込む力が強くなります。この力の影響で、野菜が本来吸い込むべき水が、逆に根の外へ逃げ出してしまい、野菜は水不足になってしまいます。

  2. 成長が悪くなり、収穫量も減る
    必要な量以上に塩分、特にナトリウムイオン(Na⁺)が野菜の体内に蓄積すると、細胞の働きが乱れてしまい、育つのを邪魔します。その結果、収穫できる量が減ったり、品質が悪くなったりします。

  3. 活性酸素種(ROS)の蓄積
    塩分によるストレスで、植物の体内に「活性酸素種(かっせいさんそしゅ)」という、細胞を傷つける物質が増えてしまいます。これは人間でいう「体がサビる」ような状態で、植物に大きなダメージを与えます。

この深刻な塩害を乗り越えるため、最新の研究では、被害を減らす「対策」と、逆にストレスを「活用」する新しい発想の、2つのアプローチが進められています。

塩害のダメージを減らして、野菜を守る方法

野菜が塩分にどれくらい強いかは、種類によって違います。
まずは植物の特性を知り、塩分のストレスを上手に減らす工夫が大切です。

主な6つの方法を見てみましょう。

  1. 細かく水をあげる工夫(精密な水供給)
    「点滴灌漑(てんてきかんがい)」や「地下灌漑(ちかかんがい)」など、必要な量の水を根の近くに直接与える技術を使うと、土壌表面から水分が蒸発しにくくなり、塩分が残りにくくなります。点滴灌漑は、ホースに開いた小さな穴から点滴のようにゆっくり水を落とす方法で、地下灌漑は地中に埋めた管から直接根の近くへ水を送る方法です。
  1. 品種改良で塩に強い品種をつくる
    遺伝子のレベルで、もともと塩分に強い植物と弱い植物があります。
    塩分に強い品種同士をかけ合わせて、より塩性化に耐えられる新しい品種をつくり出します。
  1. 土を使わない栽培方法(無土壌栽培)
    無土壌栽培(Soilless Culture System:SCS)は、土を使わずに水と肥料だけで育てる方法です。
    これにより、過剰な塩分を吸うことを防ぎ、植物が吸い込む栄養(イオン)の濃度を細かく調整しやすくなります。
  1. いろいろな野菜を順番に育てる(輪作)
    輪作とは、同じ畑で毎年同じものを作るのではなく、豆の仲間など、土の健康を良くする作物を順番に変える育て方です。
    土が健康になると、塩分がたまりにくくなり、栄養価の高い作物が育ちやすくなります。
  1. 植物の力で塩分を取り除く
    植物の成長を助けるPGPM(Plant Growth-Promoting Microorganisms)という微生物が存在します。
    これらは植物が水を吸うのを手伝ったり、塩分によるダメージを軽くしたりする働きがあります。
  1. ファイトレメディエーション
    塩分の多い環境でも生きられるアッケシソウなどの植物の力を借りて、土の中から塩分を吸い上げさせ、土をきれいに修復する技術です。
    塩害地の修復にも役立ちます。

塩分ストレスで、野菜をより美味しく、栄養満点に!

植物にとって、塩分濃度が高いことが必ずしも悪いことばかりではありません。

実は、植物に適度な塩分ストレスをわざと与えることで、野菜の味や栄養価を上げられることがわかってきました。

理由は主に2つあります。

  • 細胞の水分バランスを整えるため
    塩分が多い環境では、植物は水を吸い続けるために、細胞の中に糖やアミノ酸(プロリンなど)、有機酸といった物質をため込みます。これらは「浸透圧調節物質」と呼ばれ、野菜の味を濃くしたり、甘みやうま味を引き出したりする効果があります。

  • 抗酸化物質を増やすため
    塩分によるストレスで増える活性酸素種に対抗しようとして、植物は自分の体を守るための抗酸化物質をたくさん合成します。
    この抗酸化物質が増えることで、野菜はより健康になり、栄養価も高まります。

ここからは、塩分による適度なストレスによって、野菜の美味しさや栄養価が向上した例を紹介します。

果実類(トマト、ナス、ピーマン、メロンなど)

  • トマト:栄養液に食塩(塩化ナトリウム)を加えることで、甘味・酸味・うま味のバランスが良くなり、味が向上します。
    また、リコピン、β-カロテン、ビタミンC、ポリフェノールといった栄養成分が濃縮されます。これは、単に水分が減るだけでなく、ストレスに応じて植物が栄養成分を増やすためです。

  • ナス、ピーマン、メロンでも、食感の向上や、タンパク質、カロテノイドなどの栄養成分、抗酸化作用の向上が報告されています。

葉菜類・花菜類(ブロッコリー、ケール、レタスなど)

  • アブラナ科(ブロッコリー、カリフラワーなど):特定の機能性成分(グルコシノレートやフェノール化合物)の濃度が上がります。

  • 葉菜類(アマランサス、トゲチコリなど):ビタミンC、ポリフェノール、フラボノイドが増加します。


ただし、レタスやルッコラのように、種類によっては塩分の種類や濃度、与える期間を間違えると、逆に栄養が減ったり、成長が止まったりすることもあるため、塩分濃度の管理がとても重要です。

栄養液の管理で品質を上げる

塩化ナトリウムを加えるだけでなく、栄養液に含まれるカリウムやカルシウムなどのイオンバランスを整えることでも、植物に適度なストレスを与えて品質を高められます。

無土壌栽培では、栄養液のEC(電気伝導度)という指標をわずかに上げるだけで栄養価が上昇することがあります。ECは、栄養液の中にどれくらい栄養分となるイオンが溶けているかを示すものです。

しかし、ECを上げすぎると、収穫量が減ったり、「尻腐れ」などの病気になったりする危険性も高まります。

そのため、「収穫量を最大限にする」ことと「栄養価を最大限にする」ことの、一番良いバランスを見つけることが、これからの農業で求められる高度な技術になっています。

ご紹介した研究では、塩分濃度を上手にコントロールすることで、野菜の品質を高める可能性を示しています。

持続可能な農業は、環境を守るためだけでなく、私たちが健康で栄養価の高い食べ物を手に入れるために欠かせません。

水の管理、品種改良、微生物の利用など、最新の技術や知恵によって、未来の農業は、環境に優しく、私たちの健康に役立つ「最高品質の野菜」を安定して届けてくれるでしょう。

【引用文献】
Nazim S. Gruda,Jinlong Dong, Xun Li, From Salinity to Nutrient-Rich Vegetables: Strategies for Quality Enhancement in Protected Cultivation, Critical Reviews in Plant Sciences, 43(5), 2024, 327-347
https://doi.org/10.1080/07352689.2024.2351678

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