プラネタリーヘルスダイエットの科学的確証と日本における食文化の課題
私たちが毎日食べている「食べ物」は、実は、地球の環境に大きな影響を与えています。
例えば、地球温暖化や水資源が減る淡水資源の枯渇、生き物が住む場所がなくなる生物多様性の損失など、地球規模の環境変動を示すサインも増えています。
この問題を解決する方法として、EAT-Lancet委員会(※1)より新たに報告された「プラネタリーヘルスダイエット(Planetary Health Diet: PHD)」が注目されています。
これは、野菜や豆、穀物などの植物性食品をたくさん食べることを基本とし、動物性タンパク質(牛肉や豚肉などの赤身)を「適切な量」に減らす食事の考え方です。
こちらの記事では、PHDの確かな科学的根拠を確認するとともに、日本の食文化や政策と比較し、健康と地球の未来のための構造的な変化のあり方を考えます。
(※1)スウェーデンの財団とイギリスの医学雑誌が共同で作り、世界の専門家37人が参加している、食と環境のルールを決めるためのチームのこと。

「プラネタリーヘルスダイエット(PHD)」の科学的確証と最新エビデンス
フードシステムが地球に与える負荷は、すでに限界に達しているといわれています。
農業生産から消費、廃棄に至るプロセスは、人為的な温室効果ガス排出量の約3分の1を占めるとされ、気候変動を加速させる要因となっているのです。
この現状を打ち破り、2050年に予測される100億人の人口に十分な食料を届けながら、地球環境の境界(プラネタリー・バウンダリー)内でのシステム維持を可能にする唯一の解決策として提示されているのが、PHDです。
最新の研究(Lancet、2025)では、PHDの食事モデルの妥当性を裏付ける科学的な根拠が急速に増え、確かなものとなりました。
また、PHDの考え方に基づいた世界的な食行動の変容(Dietary Shift)が、温室効果ガスの削減だけではなく、土地利用の効率化や水資源の保護に直接つながることが、高い確実性をもって証明されています。
持続可能な環境と、食料安全保障の両立を叶えるモデルになっています。

国際的な政策動向:PHD推奨から「制度化」への転換と北欧栄養勧告
この科学的合意を受け、政策レベルでのPHDの取り組みは、「個人の自主的な選択」レベルの推奨から、社会のシステムとしての「制度化」へと移行する過渡期にあります。
特に注目すべきは、2023年に改訂された「北欧栄養勧告(NNR2023)」です。
こちらは栄養学と環境科学を体系的に合わせた、世界で最も進んだ包括的ガイドラインです。
これに基づき、デンマークなどは「気候に配慮した食事指針」を策定し、赤肉摂取の大幅な削減(週350g以下等)を国民に示しています。
また、コペンハーゲン市における公的機関では、オーガニック食材の使用比率90%を目標にしています。
さらに、アメリカのニューヨーク市やドイツのフライブルク市での学校給食における植物性メニューの義務と拡充への取り組みは、自治体が「大口の消費者」として市場を牽引する良い例です。
これらの動きは、一人ひとりの努力だけに頼るのではなく、公的な部門が率先して需要を生み出し、構造的に選択肢を変えるアプローチとして高く評価されています。

日本の食文化とPHDの課題:親和性と「塩分過剰・全粒穀物不足・水産資源」の克服
日本の伝統的な食事は、PHDが目指すものと合う部分もあれば合わない部分もあり、欧米とは違ったアプローチが求められます。
「フードシステム研究」などの報告が示しているように、日本の伝統的な食事パターンは欧米と比べて赤肉の摂取量が少なく、豆腐、納豆などの大豆製品や海藻の摂取が定着しています。
この点では、PHDが推奨する「植物性タンパク質の重視」と親和性が高いのです。
一方で、植物性食品の柱である「野菜」については、平均摂取量がPHDの基準値(300g)および国の目標値(350g)のいずれにも届いておらず、「植物性主体の食事」への移行には、野菜摂取の底上げが必要です。
また、見過ごせない課題も存在します。
①塩分摂取の過剰
味噌や醤油を多用する日本食は、PHDの推奨値を大幅に超過する傾向にあり、持続可能性と健康(循環器疾患予防)のトレードオフが生じやすい。
②炭水化物の質
精製された白米の摂取比率が高く、PHDが推奨する全粒穀物への転換は十分に進んでいない。
③水産資源の持続可能性
魚食大国である日本においては、水産資源の枯渇が懸念される。
MSC/ASC認証(※2)等の、持続可能な漁業認証製品の普及率が欧米に比して低く、調達基準の厳格化が急がれる。
(※2)持続可能な漁業や養殖によって獲られた、または育てられた水産物であることを証明する国際的な認証制度(マーク)のこと。
| 項目 | PHD推奨値 (2500kcal換算) | 日本の平均摂取量 (目安※) | 達成率/超過率の計算式 | 評価のポイント |
| 野菜類 | 300g (200-600g) | 256g | 256 / 300 * 100 = 85% | 目標値未達(不足)※PHD基準(300g)に対し約44g不足。国の目標(350g)比では大幅不足。 |
| 果物類 | 200g (100-300g) | 92.9g | 92.9 / 200 * 100 = 446% | 不足している |
| 全粒穀物 (玄米等) | 232g | データなし極めて少ない (数g) | ー | 最大の課題(白米中心のため) |
| 赤肉 (牛・豚) | 14g (0-28g) | 56.7g | 56.7 / 14 * 100 = 405%超 | 欧米より低いが、実は基準を超過 |
| 魚介類 | 28g (0-100g) | 62.6g | 65 / 28 * 100 = 223% | 過剰だが推奨範囲内(0-100)には入る |
| 豆類・種実類 | 75g (50g+25g) | 61.2g | 61.2 / 75 * 100 = 82% | 優秀(世界的に見ても高い) |
| 塩分 (※PHD外だが重要) | 5g以下 (WHO基準等) | 9.8g | 9.8 / 5 * 100 = 196% | 明確な過剰 |
※データの出典(注釈)
- PHD値:Willett et al. (2019) EAT-Lancet Commission.
- 日本値:厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査」の成人平均値を参照。
私たちの食生活をPHDに近づけることは、私たち自身の健康を守り、同時に地球の未来を守ることにつながります。
特に日本では、「野菜・果物を増やし、塩分を減らし、白いご飯を全粒穀物に変える」ことが大きな一歩になります。
この小さな食の選択が、持続可能な未来を築くための、大きな力となるでしょう。
参考文献
- Willett, W., et al. (2025). Food in the Anthropocene: the EAT–Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. The Lancet.
- 日本フードシステム学会 (2025). 『フードシステム研究』第32巻 第1号. (特集:持続可能な食料システムとプロテイン・トランジションに関する論考等を参照)
- Nordic Council of Ministers (2023). Nordic Nutrition Recommendations 2023: Integrating Environmental Aspects.
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