
「都民の食を支える」豊洲市場の舞台裏!青果のプロが語るセリの醍醐味と市場の未来
築地市場が83年の歴史に幕を下ろしてから、早6年。
東京・江東区にある「豊洲市場」は、いまや“魚の市場”というイメージを超えて、首都圏1,400万人の食生活を支える巨大な食の拠点です。
なかでも、野菜や果物を取り扱う青果市場では毎朝、早朝からセリが行われ、鮮度の高い食材が、次々と仲卸や小売店の手に渡っていきます。
野菜にまつわるプロフェッショナルに聞くシリーズ「ヤサイビト」でお話を伺ったのは、その豊洲市場で青果の流通を担う、東京シティ青果株式会社・野菜第4部 部長の新川洋幸さん。
リアルなセリの現場、野菜の目利き、生産者とのやり取り、そして市場の未来について、市場の“今”を知る新川さんに、貴重なお話をたっぷりと伺いました!

新川 洋幸(しんかわ ひろゆき)/東京シティ青果株式会社 野菜第4部 部長
平成7年 東京中央青果入社 野菜3部(近在)配属:茨城県 生姜担当
平成8年 千葉県 パオ・ミニキャロット担当
平成9年 促成部へ異動 山葵・かいわれ・アメーラトマト担当
令和5年~ 野菜第4部 部長
都民の食を支える!青果市場の一日
ーーまず、新川さんの仕事の流れについて教えてください。
新川:
大体5時半に出勤して、セリが始まるまで約一時間の間に準備をします。前日のお客様のご注文の引き取り状況や、これからセリにかける品物のチェックですね。そのあと6時30分から、大体一時間位セリが行われます。私はわさびを担当しているのですが、長くても10~15分で私の担当のセリは終わってしまいます。それが終わった後は、残った品物を相対(あいたい)で販売を行って、2~3時間ぐらい現場で販売をしています。販売が終わったら、14時位までの間に販売した商品の伝票処理などの事務作業を行います。それから翌日の販売準備として、産地からの出荷状況やお客様からの注文などの集計をして、18時頃、一日の業務が終了するという流れです。長時間の激務のように見えますが、朝から晩まで根を詰めているわけではないので、時間には余裕をもって働いています。
ーー豊洲市場で取り扱っている野菜には、どのような特徴がありますか?
新川:
基本的には消費量の多い一般野菜は、豊洲でも多く取り扱っています。業務用を中心として取扱量は多いです。促成野菜(※1)も多いですね。
(※1)促成野菜:ビニールハウスなどで野菜の生育を早めて通常の収穫時期よりも早く収穫・出荷する栽培方法で育てられた野菜
特徴的なのは、レストランや料亭などで使うようなハーブ類に山菜などのつまもの類(※2)、輸入野菜等も多く取り扱っています。築地市場からの流れで、立地的に飲食店関係者がお客様として多く、他の市場と比べて特徴的な品目構成かなと考えています。他にも、彩り用の非可食植物や、江戸東京野菜、京野菜、金沢野菜などの伝統野菜もあります。
(※2)つまもの:様々な料理に添えて見た目を華やかにしたり季節感の演出に使われたり、風味を調整する野菜。特に和食には欠かせない存在
ーーなるほど。市場見学時も様々な野菜が目に入りましたが、年間でどのくらいの品目を取り扱っているのでしょうか?
新川:
細かく分類すると、2,000種類程あります。

ーー多くの取り扱い品目があるんですね!その中で、どのように良い野菜を見極めているのでしょうか?消費者からしてもすごく気になるポイントなので、何かコツみたいなものがあれば教えてください。
新川:
もちろん、野菜の種類によって色々見分け方のコツはあります。まずは、上司や先輩から一目で見て見分けるポイントを教わりました。例えば、色ですね。意外ですが、形や匂い、は見分けるポイントではありません。あとは、生育過程での影響で、出来が違うことがあります。例えば、葉のギザギザ一つとっても、大きさが違うと美味しさが違うというのがありますね。
他には、お客様がこだわっているポイントというのもあって、そこは我々とはまたちょっと違う観点で見られていますね。お客様の使い方にもよりますが、我々が良いと思っているポイントと違ったりするので、その辺をマッチングさせて販売するという感じですね。
ーーセリについて伺います。売る側と買う側で駆け引きがあると思いますが、上手く取引を進める戦略のようなものはあるのでしょうか?
新川:
セリには需給バランスが関わってくるので、例えば、普段は20ケースの入荷があるけど、休み明けになると7、80ケースなど多めに入荷します。買う方からすると、品物が多いと今日は安く買えるかなとか、少ないと緊張感を持って買い付けようという意識が出てきます。
そういった、前日の流れだとか翌日の出荷状況というのがありますので、我々としては高値で売れる時はできるだけセリに並べて売るようにしていますし、供給が多い時はできるだけセリに出す数を絞って 残りは相対で販売をして、セリの値崩れを防ぐということも考えながらやっています。昔は、全部セリで販売していましたが、今はそうではないので、戦略を考えながらセリを運営しています。

生産者と飲食店、”橋渡し”としてのやりがい
ーー生産者の方とは、普段どのようにコミュニケーションを取っているのでしょうか?
新川:
まず、年に二回程、産地会議というものを開催して、生産状況や販売状況について顔を合わせて確認する場を設けています。日常的には電話やメール、LINEで緊密に連絡を取っていますね。他にも、空いた時間を見つけて産地に行くことがありますし、産地の生産者からこちらに来て見学したいとお申し出があることもあります。
ーー消費者のニーズは、どのように把握されていますか?
新川:
我々が販売している仲卸さん、その先のスーパーのバイヤーさんや八百屋さんは消費者ニーズを捉えているので、そういった方々から話を聞くのが一番の把握方法ですね。以前は、何の前触れもなく突然、大量の注文が多方面から来ることがあって、不思議に思っていたら『午後は○○おもいッきりテレビ』で、みのもんたさんが紹介していたということがよくありました。スーパーや量販店に行って、トレンドを把握することもあります。
ーー最近、気候変動の影響などもあり、野菜の価格が高くなっています。ここ数年、そのような傾向が続いていますが、今後はどのようになると見込んでいますか?
新川:
この傾向は、今後も続くと思いますね。一時的には安値になることもありますが、平均値を取ると上がっていく傾向にあると思いますね。
異常気象だけではなく輸送コスト、肥料価格、段ボールなどの資材価格、エネルギー価格など、あらゆる物やサービス価格が上昇していますので、野菜価格も当然上がっていきます。消費者の国産野菜を食べたいというニーズを満たすことを考えると、価格は今より更に上がっていかないと、生産者も持続的に生産できない状況ですね。
ーー新川さんが豊洲市場で働いていて、一番やりがいを感じるのはどんな時ですか?
新川:
生産者から「ありがとう、出荷して良かったよ」と言っていただけると、すごくやりがいを感じます。生産者の生活を支えているというとちょっと大袈裟かもしれないですが、責任感を伴っていると感じます。もちろん、生産者だけではなく、仲卸などのお客様からのニーズに対応できた時の「ありがとう」も大きなやりがいになっています。競り人は、「公平」「公正」の立場が原則なので、どちらの利益にも貢献できた時は最高ですね。

ーーこの仕事の面白さや、他には無い魅力を教えてください。
新川:
まず、東京都民の「食」を担っていますので、非常に大切な仕事だという自負があります。また、この業界に入って初めて見るもの、食べるものがあり、ワクワクしますね。伝え聞いたり、テレビで見たりすることはあっても、普通に生活していると口にできないものもあるので、そういった珍しいものを味わえるというのは非常に魅力がある仕事だと思っています。
弊社は促成野菜の中でも、つま物類のリーディングカンパニーであるので、その相場の建値になる市場としての動き方とか販売の仕方の戦略立案というのも、面白さの一つだと感じています。
変わる市場、変わらぬ使命。未来への展望
ーー築地から豊洲に移転してきて、環境がかなり変わったと思いますが、働き方や仕事に対する考え方にはどのような変化がありましたか?
新川:
まず、温度ですね。豊洲市場は空調管理がしっかりしていて、温度が20℃に維持されていますので、野菜の鮮度維持がしやすくなりました。最近、夏は猛暑で暑いので、温度が一定に保たれているのはすごくありがたいです。また、寒すぎても野菜にとっては良くないので、冬もメリットがあります。他の多くの市場や産地の集荷場などでは、屋根がついているだけで温度管理が全然できないような所もまだありますので、夏場や冬場は野菜の鮮度管理が大変だと思います。トラックに積み込んで、ようやく温度管理が始まるような感じですね。そういう点では、豊洲では買う側も安心して購入できると思います。
労働環境も、劇的に改善されました。築地の時には、空調がないので夏場は立っているだけで汗が大量に出てきて、労働意欲が無くなるような環境でした。たまに市場に来る人は、それが築地らしくていいんだという人もいるのですが、働く側としては大変でした。
また、豊洲は市場全体が清潔に維持されているので、衛生面でも非常に進化していると思います。更に、安全面やセキュリティ面でも、非常に労働者に優しい働きやすい環境になっていますね。もう築地の環境には戻れないですね(笑)。築地の建物は90年近く使っていたので、豊洲はそれ以上に長く使わないといけないと関係者全員が思っています。

ーー若い世代にこの仕事の魅力を伝えるとしたら、何をアピールしますか?
新川:
先ほども申したように、都民の食生活を支える大切な仕事ということですね。昔は、築地というブランドや良いイメージがあったので、大変な仕事ではありましたが採用時の人気はありました。今は豊洲に移転する際のごたごたもあり、応募者が集まりにくくなっています。ただ、豊洲に移転したことによってハード面はだいぶ変わりましたし、働き方を含めたソフト面も改善されて、働きやすい環境になっていることを伝えたいですね。
ーー最近は、企業が農家と直接契約したり、個人でも産直サイトを利用するなどで市場を通さない取引も広まっていると思います。市場の在り方は、今後、どのように変化すると思われますか?
新川:
将来的には、セリというような販売形態はなくなる可能性があります。または、花き市場みたいに電子化される可能性もあります。確かに、市場外流通がここまで増えるとは思っていなかったので、昔のように市場は潰れない、とは言い切れない時代です。市場での取扱量や取扱金額は、もしかすると減るかもしれませんが、我々が都民の食を支えている以上、大切に受け継いでいきたいという思いがあります。そのために維持、向上を目指していく中で、我々も変化する必要があると思います。
一方、我々のような中央卸売市場というのは、法規制によって縛りがあるため、直売などが出来ないといった制約があり、思い切った改革が出来ないのも現実です。こういった規制は、もしかすると将来的には法改正で変化することもありえます。未来について具体的に話すことは難しいですが、変化が起きても即時、対応していくという思いで取り組んでいます。