
いちごの未来をつくる研究所。アヲハタ果実研究所が挑む”ジャムになるためのいちご”品種改良の最前線に迫る!
アヲハタ株式会社は、日本のジャム業界を代表するリーディングカンパニー。
多くのご家庭に、あの青い旗に星印のロゴマークの入ったジャムが、一つはあるのではないでしょうか?
家庭用では、国内トップの約30%のシェアを持ち、特に低糖度のジャムに強みを持っています。
様々な種類の果実ジャムがありますが、実は、日本でもっとも食べられているジャムは、いちごジャムなんです。
アヲハタ株式会社では、加工用として使われるいちごの育種や遺伝資源の保存等のための研究施設として、「アヲハタ果実研究所」を持っています。
野菜にまつわるプロフェッショナルにお話を聞く「ヤサイビト」シリーズでは、今回、広島県のとある山奥深くに存在する研究所を直接訪問して、研究員の若狭さんにお話を伺いました!

若狭 直樹
アヲハタ株式会社 研究開発本部 研究センター 基幹技術研究チーム 育種・栽培研究ユニット
1994年生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院生命科学研究科システム機能学研究室を卒業後、2018年にアヲハタに入社、研究センター 育種・栽培研究ユニットに配属、いちごの育種・栽培技術の研究をして現在に至る。趣味は色々なウイスキーを少量ずつ嗜むこと。
アヲハタ果実研究所は、なぜ自分たちでいちごを育てるのか?
ーーアヲハタ果実研究所の施設や取り組み内容について、教えてください。
若狭:
果実研究所は、2018年設立と、割と最近できた研究所です。設立の発端は、社内若手メンバーの発案でした。自社のメイン原料であるいちごについて、購入するだけでなく自分たちの手で栽培することでわかることがあるのでは?ということで設立されました。今は、いちごの研究機関として運営をしています。
研究所には三つの大きな目的がありまして、一つ目は全社員がいちごに触れて深く学ぶ、ということです。新入社員をはじめ、各部署の方に実際に来ていただいて、定植や、収穫などの作業を体験してもらったり、こちらで育てている様々な品種を食べ比べることで、いちごについて深く知る機会として活用しています。
二つ目は、お客様との交流の場です。取引先様に来ていただいて、ジャムの原料いちごを食べて評価していただいたり、開発中のいちごやその加工品を食べてもらって商品開発を進めたり、アヲハタをよく知っていただくための繋がりの拠点としての活用です。
三つ目の目的は、これが一番主たる目的なのですが、原料起点の技術の追求をする場として、色々な技術を試す、磨く、確かめる狙いです。品種開発から栽培技術の確立、そして育てたいちご果実の評価や加工処理の方法を中心に研究しています。つまり、いちご原料の品種開発から、小規模栽培、加工に至るまで幅広く研究をする拠点となっています。
また、少量ではありますが、栽培したいちごを製品の原料として供給したり、ジャムデッキというアヲハタの見学・体験施設でのジャムづくり体験に供給したりしています。

ーーなるほど、とても大切な役割を担っている研究所なんですね! 品種改良をされているということですが、これまでに実際、品種登録されたいちごはどれくらいあるのですか?
若狭::
アヲハタは、農研機構と共同でいちご品種の開発をしており、これまでに4品種を共同で出願しています。そのうち2品種は登録済になっています。「夢つづき」という品種を2015年に出願して2018年に登録、「夢つづき2号」は2020年に出願して、2024年に登録されています。残りの2品種は昨年出願して、現在登録審査中となっています。
いちごの未来をデザインする「品種改良」とトレンドの変化
ーー品種改良の手順について、わかりやすく教えてください。
若狭:
品種改良には色々なやり方があるのですが、最も一般的なのが、交配育種と呼ばれる方法です。簡単に説明すると、欲しい特徴があるもの同士を掛け合わせて、どちらの特徴も有する新しい品種を作るという方法です。
手順としては、まず欲しい特徴のある親を選びます。そして、片方の親の花粉をもう片方のめしべにつけます。この時、おしべは先に除いておきます。花粉を付けたら、他の花粉がつかないように袋掛けをしておきます。出来た果実から種を取り出して、育てます。一粒一粒は同じ親から生まれた兄弟なのですが、全てが同じように両親の特徴を引き継ぐわけでは無く、一粒一粒が違う特徴を持っているのです。果実一個で、200~300粒くらいの種ができるので、それを全て評価するので大変です。実際には、希望の品種ができるまで何組も掛け合わせて種を取って育てる、を繰り返すことになります。
初期の段階では、外観や果実を食べて味で評価して、ざっくりと良いものだけを選抜して残します。選抜された系統は、今度は少し数を増やして、収穫量や果実品質などの調査を行い、更に選抜して、より良いものだけを選んでいきます。
最終的には、気候や環境などの地域適性に合うか、圃場で大規模に栽培した場合に栽培しやすいか、全体を通して大きな問題がないかなどをチェックして、ようやく新品種の完成です。何千種類もの種を評価して、一つの品種が完成するという流れになります。期間としては、5年から10年ほどかかるので、いちごの育種は時間がかかると言われています。

ーーすごく大変なんですね…!最近は、多くの種類のいちごが出回っていますが、甘さ、酸味、香り、色など、消費者がいちごに求める要素はどのように変化してきていますか?
若狭:
生食の場合は、「甘い」ことが昔から一番の人気の要件ですが、その中でも、最近は「酸味のない甘さ」と「甘みに加えて酸味もしっかりあってバランスよく濃厚な味わい」が人気になっていると聞いています。
色については、昔から東日本では赤みが強いいちごが好まれ、西日本では完熟でも色が薄めの品種が多く出回っています。東京への出荷を考慮すると、赤みの強いいちごが西日本でも今後、増えていくかもしれません。個人的には、西日本産の色が薄めの品種も、食べると非常に美味しいいちごが多いので、ぜひチャレンジしていただきたいと思っています。
最近は、色が白い白いちごであるとか、黒っぽいのを売りにした黒いちごとか、いちごなのに桃の香りがするいちごなど、変わった特徴のあるいちごも出回っていて人気がありますね。消費者の固定観念を打ち破るような、特徴のあるいちごは人気が出てくる可能性がありますね。
ーーそういったトレンドがある中で、将来を見据えて力を入れている品種改良のテーマは何ですか?
若狭:
アヲハタの育種としては、ジャムなどの加工用について昔から力を入れています。加工用と生食用は色々違いがありまして、例えば、いちごの香りは加熱などの加工工程で飛んでしまうので、生で食べた時にすごく良い香りがするいちごでも、加熱してジャムに加工すると香りが飛んだり、色が抜けたりということがあります。生で食べて美味しいいちごをジャムにしても美味しいとは限らないということです。そのため、加工した時に色と味と香り、粒残りなどが最も良くなるような品種の育成に取り組んでいます。もちろん、気候変動への対応や栽培しやすく収量が多いこと、というのは前提になってきますね。
ーー要求レベルがどんどん高くなっていくから、大変ですね。育種に関して、特に苦労した点や印象的なエピソードがあれば教えてください。
若狭:
苦労した点としては、様々な立場の人の要求をどう満たすか、という点です。例えば、農家は付加価値の高いいちご品種を作って高く売りたいし、購入する側はできるだけ安く買いたいという思いがあり、バランス良くみんなが納得できるようなものを作るのは本当に難しいです。もう一つは、一年に一回しか収穫できないので、結果がわかるのに時間がかかるというのも苦労する点です。
良かったことは、アヲハタには「ジャムデッキ」という見学・体験施設があります。そこで、お客様向けに実施しているジャム作り体験で使っているいちごの品種を、我々が開発した新しい品種(夢つづき)に切り替えた時に、「以前のジャムと比べてすごく香りが良くなって美味しくなった」、という感想をたくさんいただけたことです。研究をやっていて良かったな、これからもっと良いいちごを作っていこうと思いましたね。
世界一のいちごを目指して!日本の強みと、開発者が描くこれから
ーー「日本のいちごは世界で一番美味しい」という話を聞いたことがありますが、海外のいちごで、品種改良の参考になるようなものはありますか?

若狭:
海外でいちご育種が盛んな国としては、アメリカがあります。アメリカは、産地は西海岸のカリフォルニア州や南のフロリダ州ですが、消費地は東海岸に多いです。国土が広大なので長距離輸送する必要があるため、固くて輸送時に傷まない品種が優先される傾向にあるようです。
日本のいちごを露地栽培する場合には、春の収穫時期を過ぎて夏になると収穫はお終いなのですが、海外では、長期間収穫できる品種も一般的になっています。また、海外ならではの特徴的な香りなどがあるので、加工用いちごとして参考にしています。アメリカの場合は、チョコレートなどの甘いものをつけて食べる人が多いので、生食で甘いいちごというのは重視されていないようですね。生で食べて世界一美味しい日本のいちごというのは、目指す方向性が全然違うのが要因だと思っています。
とはいえ、生で美味しいいちごはアメリカで全く人気が無いわけではなく、最近は、日本式のいちごをニューヨークの植物工場で生産・販売して、人気を博しているという事例もあるようです。
ーー近年、いろんな都道府県でブランドいちごが生み出されていますが、なぜ全国で、いちごの品種改良がこれほど盛んに行われているのでしょうか?
若狭:
一番の要因としては、日本人がいちご好きという点が大きいと思っています。昔から多くの人が研究を重ねてきて、それが近年花開いて、世の中に色々ないちごが出回っています。
日本は南北に長くて、同じ国とは思えないくらい気候が異なるので、その地域の栽培条件に適したいちごがあり、それぞれ特色を持っているという面があります。それに加えて、最近は、各都道府県がブランド力を上げるためにいちごを開発して、その県だけの独占栽培を行っているという事例も多いですね。各都道府県がやることによって、その地域に合った多様ないちごが生まれているので、消費者にとっても選択肢が増え、好みのいちごを見つけて選ぶことができるという点では、すごく良いことだと思っています。
ーー最後に、将来「こんないちごを開発したい」という夢や目標はありますか?
若狭:
理想のいちごとしては、手間がかからず育てやすくて、これから環境が大きく変わっても適応できて、果実の形が綺麗で、生で食べても加工しても美味しい、もうそれ以外の品種は必要ない、というものですね。それにちょっとでも近づけるのが夢ですね。
実際にはそんないちごができるまでにはとても時間がかかるので、さまざまな特徴を持ついちごを作って、いろんな場面で自分の開発したいちごが活用されている、というのが目標です。スーパーに行ったら、自分が作ったいちごやその加工品が並んでいる、というのを早く実現させたいですね。