
“農業の当たり前”を、アップデート!環境・働き方・伝え方を変える、イノチオグループの挑戦
愛知県豊橋市にある「イノチオファーム豊橋」は、一年を通じてミニトマトを栽培しています。
環境への配慮や働きやすさ、販路開拓など、新しい農業のかたちを実現しており、その取り組みには農業の未来が詰まっている次世代型の農場です。
野菜にまつわるプロフェッショナルにお話を伺う「ヤサイビト」では、同ファームを運営するイノチオみらい株式会社の取締役 生産部長、荒木真志さんにお話を聞いてきました!
イノチオの創業者の方は、「自分のいのちは世のため人のため、他に尽くすためにある」と常々言われていたそうです。
農業と真摯に向き合ってきた取り組みには、技術革新だけでなく「農業と社会をどうつなぐか」というヒントがたくさん詰まっていました。

荒木 真志(あらき まさし)/イノチオみらい株式会社 取締役 生産部長
1994年にイノチオグループ(旧イシグログループ)へ入社。小売部門に配属された後、ガーデンセンター、カフェ、農産物直売所の新事業立ち上げに従事。
その後、グループの営業企画部門、広報、秘書などを経験し、2020年から流通部門、2021年より生産部門も担当し、現在に至る。
ミニトマトで描く!「スマート化×環境負荷低減」で持続可能な農業のかたち
ーーイノチオみらい株式会社のオフィシャルサイトには、”生命を支える産業である「農業」の魅力を、生産者・就農を目指す担い手から消費者まで、全ての人々に伝えることを目指しています”とありました。御社で運営している「イノチオファーム豊橋」について教えてください。
荒木:
この施設は、愛知県、豊橋市などとコンソーシアム(2つ以上の企業、団体、個人などからなる共同事業体)を組み、農林水産省の次世代施設園芸愛知県拠点として2015年に設立されました。
施設園芸先進国であるオランダの施設園芸を、日本で使いやすいようにアレンジし、建設されています。総面積は、約3.9haありますが、そのうち栽培棟は約3.6haでミニトマトを栽培しています。
当初の生産量目標としては、10アールあたり21トンとしており、年間では726トンを作る能力があるのですが、現在は販路が確定している約600トンを計画的に生産・出荷しています。
栽培品目の中には、生鮮ミニトマトで日本初の機能性表示食品の届出をしたものもあり、主に東海地区のスーパーや仲卸に販売しています。

ーーイノチオファームは、どんな特徴を持っているんですか?
荒木:
この地域の一般的な作型は、8月末定植~7月までの栽培ですが、当施設では3.6ヘクタールを3区画に分け、定植時期をずらして栽培することで、一年中ミニトマトを栽培し出荷しています。いわば敷地内で産地リレーをしているようなイメージです。
従来、トマトはこの地域を含め、西日本エリアでは高温障害が発生するので、夏越えは難しいとされていましたが、当施設では、自社開発の設備機器を活用し、栽培環境や天候、生育ステージに応じた最適な潅水・施肥のデータを管理した栽培技術を開発して夏越しの栽培を実現させ、周年出荷を行うことが出来ています。
また、グループ会社であるイノチオアグリ株式会社では、現場のニーズに応じたシステムを開発しており、培地の重量を基に水分量をリアルタイムで計測する装置で、刻々と変化する水分量を可視化しています。他にも水や肥料を設定したプログラムに合わせて自動で供給し、作物に最適なタイミングで潅水・施肥を行っています。加えて、ハウス内外のセンサから情報を収集し天候や温度の変化にも自動で対応し、PCやスマートフォンから遠隔でのモニタリングと操作も可能なため、実際ハウスに居なくても状況が把握でき変更できるような機器を活用しています。
このシステムを導入することで、栽培管理に関するメリットがあるだけでなく、労力も軽減されるため、当施設で働く社員は現在、年間117日の休日があり基本、土日は休日です。
ーー多くの農家がそこまで休みを取ることが出来ないと聞いているので、それはすごいですね!一般企業と同じレベルですね。他にも何かあれば教えてください!
荒木:
この施設に隣接する下水処理場は、豊橋市、豊川市、蒲郡市、新城市の1日7万トンの下水道の汚水を浄化する処理施設です。その浄化センターが処理した放流水(夏:約25℃、冬:18~19℃)の熱で空気を温め、当施設の温室暖房に活用し、化石燃料(重油)の使用量の削減に取り組んでいます。3割削減を目標としており、熱の活用による削減効果は約15%ですが、それ以外にも内気循環や外気の取り入れ、栽培技術などを組み合わせ、約46%の化石燃料使用量削減を実現しています。
ちなみに生産時に使用するエネルギー(電気・重油・炭酸ガス)をすべてCO2換算し、トマト1kgあたりの生産にかかる排出量を算出すると、2017年度は3.84kg/kgでしたが、年々減少して2024年度は1.94kg/kgまで削減することが出来ました。
加えて、養液栽培のため通常発生する排液を再利用することにより、硝酸態窒素等の汚染物質の排出量も大幅に減らし、環境負荷を低減していることも大きな特徴といえると思います。
ーー持続可能な農業の実現に向けて取り組んでいるんですね。

荒木
はい。「環境保全」だけでなく、「食品安全」「労働安全」に配慮した生産活動を適切に管理する、グローバルGAP(※1)認証を取得し、持続可能な取り組みを実践しています。
GAPは年に一度、第三者機関における審査が行われていますが、取得時は多くの是正をいただき、繰り返し改善を行っていました。そこで、GAP審査を年に一度のイベント事にさせないために2カ月に一度、内部検査を実施するなど改善し、現在では4年連続で是正を受けたことはありません。
(※1)GAPとは、Good Agricultural Practiceの略称でGood (適正な)、Agricultural(農業の) Practice (実践)のこと。
「なぜ作るのか」を見つめ直し、マーケティングに向き合う
ーーところで、年間600トンものミニトマトの購入先を見つけるのは、大変だったのではないですか?
荒木:
当社は、地元の農家との競合を避けるため、市場やJAへの販売はせずに独自で開拓した販路で販売しています。ただ、販売開始当初は、中々売れませんでした。ネーミングやパッケージデザインは、社内で、社長と私で考えて売り出したのですが、捌ききれずに売れ残った大量のミニトマトを泣く泣く廃棄したこともありました。社員からは、「何のために作っているのか」という疑問の声が聞こえてきて辛かったです。
品質と栽培技術には自信があったのですが、消費者に「トマトの良さをどのように伝えるのか」という壁にぶつかり、その時にマーケティングの重要性を痛感しました。そこで、まずは育てているミニトマトに向き合って、このミニトマトの良いところを発見することにしたところ、見つけた答えが「GABA」です。GABAは、アミノ酸の一種でリラックス効果や血圧を下げる効果などがあるとして注目されている機能性成分です。GABAの含有量を測定し、GABAを関与成分とした「機能性表示食品」として消費者庁に届出を行い、生鮮ミニトマトで日本初となる機能性表示食品が誕生しました。健康志向が年々上がっているなかで、消費者に「ミニトマトが高めの血圧を下げる」効果が期待されることを伝える戦略が出来ました。
次に、パッケージデザインをプロに依頼しました。店頭で、消費者は3~5秒程度で商品選択を行うそうです。プロのマーケティング技術を導入し、主婦層を中心にさまざまなデザインやキャッチコピーのリサーチを行って、どんなパッケージデザインが最も消費者に響くかという、データに基づいたデザインを採用し販売したところ、売上は大きく上昇に転じました。さらには、販売店への営業スタイルも特徴のあるトマトとして「買ってください!」の営業から「売ってほしい!」のプル型の営業に変化した商品づくりとなりました。

畑と地域と、未来をつなぐための農育と新規就農支援
ーー最近の夏場の猛暑など、異常気象への対策はどのようにされているのでしょうか?
荒木:
ハウス屋根面への遮熱剤の塗布、ミスト噴霧、外気の導入、夜間冷房利用など、ハウス内の温度を下げる対策を実施しています。また、肥料処方の工夫や、植物本来の力を活性化するようなバイオスティミュラント(※2)肥料の採用を行っています。
選果場内の温度も上昇するため、今年、輻射熱を遮る資材を採用し、収穫後の鮮度・品質維持の対策を行いました。ただし、気温は今後さらに厳しくなると想定されるため、グループとしても高温対策への取り組みを検討している状況にあります。
(※2)バイオスティミュラントとは、植物や土壌にとって良い生理状態をもたらしてくれる様々な物質や微生物のこと
ーー地元に密着した企業として、地域貢献をされていることがあれば教えてください。
荒木:
子供たちへの教育という観点で、「農育」に取り組んでいます。毎年2回、中学校へ出向き出張授業でイノチオファーム豊橋と農業について話をしたり、小学生の社会見学の受け入れ、高校や大学などの授業の一環として視察・講義などの受け入れや、年に一度、施設を開放して一般の方向けに収穫体験を開催するなど、一人でも農業に興味を持ってもらえたらという想いで、毎年実施しています。
先ほどのグローバルGAP認証についても、地元の農業高校へ声掛けし、学生とともに認証取得に成功するなど、農業を通じて共に成長する取り組みも行っています。

ーーそうなんですね!これから新規で農業へ参入したいと考えている、個人の方や法人へのアドバイスをお願いします。
荒木:
グループ会社のイノチオアグリ株式会社では、新規就農者や企業の農業参入を支援するため、「営農コンサルティング」「営農プランニング」 といった営農サポート事業を展開しています。また、お客様の立場を理解するために、自ら農業経営を実践していますが、それを生かして圃場研修も行っており、新規参入時の事業計画の策定から、圃場レイアウト、設備導入、事業収支に加え、実際に事業開始後の環境管理、栽培管理などの「アドバイザーサポート」までを一貫して支援しています。「新規農業参入」を考えた時は、ぜひイノチオグループに相談してください。
ーー最後に、日本の農業の未来のための提言があれば、是非お願いします!
荒木:
どの業界もエネルギーや資材、賃金をはじめ、物価高騰や異常気象の影響を受けています。さらに、日本の農業は、この先人手不足がさらに深刻化し、国内市場の縮小に直面することが予想されます。その速度が加速している中、農業経営も今まで通りの方法では対応できない可能性があります。持続可能な農業として続けていくためには、農業従事者は栽培技術の開発やAI、ロボットの導入のようなスマート農業に目を向けるだけでなく、生産性やコストに対する意識を常に高く持ち、労務管理やGGAP認証取得等、世界市場を見据えた経営能力も必要だと思います。
そのためにも、農業に関連する経営・技術に関する学校教育や、スタートアップをはじめとした異業種、産学官連携など国を挙げて農業に関する技術・設備の研究開発を行うなど、今まで以上に知恵を出し合って、連携して対応を加速化させ未来へつないでいくべきだと思います。もちろん、我々もそのつもりで取り組みます。