
美味しさだけでなく、驚きと発見を。生産者、料理人、消費者が繋がりあえる「野菜レストランさいとう」
“味がしない”
サラリーマンとして10年ほど働いていたある日、激務から体調を崩した齊藤さんは、食べものを美味しく食べられなくなっていました。
しかし、今度は急に味覚が鋭くなり、家庭菜園のきゅうりの美味しさに感動したそうです。
そして、33歳で会社員を辞め、料理の専門学校へ飛び込みました。
人生をも変えた野菜の美味しさを伝えようと、レストランでの修行を重ねたのちにオープンさせたのは、野菜に特化したレストランでした。
地元、神奈川の野菜を使ったフレンチレストランを20年続け、素材に向き合いながら、“野菜の美味しさと可能性”を伝え続けている齊藤さんに、野菜料理にかける熱い想いを伺いました!

齊藤 良治(さいとうよしはる)/野菜レストランさいとう オーナーシェフ
1968年横浜市生まれ。10年間の出版社勤務でストレスにより体調を崩し食の大切さを実感。
33歳で脱サラし料理学校へ通う。その後横浜のフランス料理店で修業。
2005年に開業後、2015年に移転・改名し、現在に至る。
野菜レストランさいとう 神奈川県横浜市港北区菊名6丁目5−16
サラリーマンから料理人へ。人生を変えたのは”朝採りのきゅうり”だった
ーー齊藤さんが、野菜を中心とした料理に特化したレストランをオープンしたきっかけは、何だったのでしょうか?
齊藤:
僕は最初から料理人を目指していたわけでは無くて、大学を卒業してからは語学出版社に就職しました。同業他社に転職などもしながら、その業界で10年間サラリーマンとして働いていたんです。仕事はものすごく激務で、ある時ストレスで体を壊してしまいました。さらに、一時的に味覚障害みたいになってしまったんですね。病院で検査して色々調べた結果、胃にストレス性のびらんができていました。薬物投与で治る程度だったのは、不幸中の幸いでした。
その時、本当に運命的なんですけども、味覚が異常に鋭くなってしまったんですよ。それまでは味覚障害で、美味しく食べられない苦しさを毎日味わってきたんですが、急に味覚が鋭くなって、ある朝駅の売店でいつも食べている飴を買って舐めたら、苦くて食べられなかったんです。人工甘味料とか保存料のような、普段だったら絶対わからないものの味をキャッチできるようになって、今までこんなものを食べていたのかと愕然としました。
その後、家庭菜園の朝採りのきゅうりを食べたら、今度は逆にめちゃくちゃ美味しくて。今までも食べてきた同じきゅうりなのに、この上なく美味しく感じたんです。この美味しさを他の人にも伝えたいという思いが急に強くなって、33歳で脱サラして料理専門学校に通い始めました。「食」って、人間の職業まで変えてしまうなんてすごい力を持っていますよね。
ーー興味深い体験ですね。今も、その鋭敏な味覚というのは続いてるんですか?
齊藤:
いや、残念ながら長くは続かなかったです。でも、料理人をやっているので、普通の人よりは敏感だと思いますよ(笑)
「身土不二」の考え方と、農家との信頼でつくるレストラン
ーーお店で提供している食材は、神奈川県産のものが多いようですが、やはり地産地消を意識されているのでしょうか?

齊藤:
「地産地消」という言葉の響きはわかりやすいんですけど、僕の場合、ちょっと考え方が違っています。元々、僕の実家は農家だったんですよ。やっぱり、地元産のものを食べることがライフスタイルにも根付いているんです。それなので、とにかく野菜は地元のものを使うという意識があったんです。
「身土不二(しんどふじ)」(※)という言葉がありまして、結局、昔の人は半径4km以内ぐらいで採れる食材で暮らしていたんですね。人間が生活しているその土地の水、空気などの自然の恵みで育つ野菜を食べる。そういうライフスタイルを実践していたと思うんですが、今はそれができなくなっています。その反動で地産地消みたいな言葉が出てきたようですが、僕には身土不二的な考え方がしっくりきます。
僕自身、野菜の味に救われたというのもありますし、地元の野菜を探してみたら、横浜は意外と農業が身近にあるんですよね。行政が農業を手厚く支援しているので、多種多様な野菜が手に入るんです。人参や大根は普通に4~5種類くらい手に入るので、レストランをやるにはすごくいい場所です。もちろん、味は美味しいですし、大規模農場で大量生産するのと違って、農家さんが結構手間暇かけて、堆肥も自分で作っているんですよ。それを使わない手はないじゃないですか。僕のライフスタイルと土地柄がマッチして、今こういう風に野菜レストランを展開できていると感じます。
仕入れて、責任を持ってお客様に提供する以上、安全・安心はやっぱり欠かせないんです。それを維持するには農家さんとの信頼関係がすごく大事で、仕入れに直接行って作り方なんかも聞いてから使うようにしています。
今年で開業してから20年になるんですけど、培ってきた信頼関係は強いものがあると思っています。そういう信頼関係があると、農家さんから「こういう野菜があるよ」みたいにお声がけしてくれたりします。食というのは生産者、料理人、消費者、の三角関係が非常に大事で、皆が繋がってないとダメだと思うんです。だから、農家さんの所に行ったらお客様の反応を逐一伝えるようにもしています。それを今後に活かしてもらいたいですし、農家さんにとってもモチベーションが上がるんですね。僕は、三角関係を強固にするつなぎ役みたいになっています。
(※)身土不二
元は仏教用語で、「地元の旬の食品や伝統食品が体に良い」という意味合い。
メニューは畑次第、“素材が主役”の料理哲学
ーー食材の仕入れは、すべて横浜近辺でまかなっているのですか?
齊藤:
横浜で採れない食材は、県内の他の地域から入手しています。三浦半島の魚介類、柑橘類は湯河原や伊勢原の農家さんから入手しています。
ーー県内で何でも手に入るなんて、神奈川県は食材の宝庫ですね。最近、異常気象などで野菜の価格が高騰したり、入手が困難になることもあると思いますが、どのように対応されているのでしょうか?
齊藤:
うちのメニューは、畑次第で決まるんです。最初にメニューを考えて、農家さんにお願いして作ってもらおうとしても、例えば台風が来て、何も収穫できなくなるとお互いにマイナスになります。それは避けたいので、とにかく農家さんが提供できるものでメニューを考えるようにしています。あとは、先ほどお話したように、農家さんから「市場には出せないけど、こういうものがあるよ」とお声がけいただくケースもあります。つまり、B級品など、スーパーには並ばないものをうちで買って使わせていただくパターンも多いです。
最近、農家さんからよく聞くのは、全然雨が降らないので水不足で野菜が育たないという話ですね。それこそ、毎年収穫している野菜が採れなくて苦戦しているみたいです。でも、もう自然はコントロールできないので受け入れざるを得ない。その反面、ゆっくりゆっくり育つので味が濃いんですよ。そういう環境で育ったブロッコリーやカリフラワーは、とても美味しかったです。

ーーそういう変化もあるんですね。今、B級品使用のお話もありましたが、食材のロスを減らすために工夫されている取り組みは、他にもありますか?フレンチは見た目も大事なので難しそうですが。
齊藤:
いえいえ、料理は野菜の形そのままで出すわけではなく、加工するので全然問題ないと思います。ソースに使ったり、ポタージュスープにしたり、野菜は余すところなく美味しく食べられます。
ーー確かに!お客様に野菜の魅力を伝えるために、どのような工夫をされていますか?
齊藤:
皆さん美味しいものを食べ慣れているので、美味しいだけじゃダメなんです。美味しさに加えて、驚きや新たな発見をプラスできればいいなと思っています。
野菜は色々な表現ができるんですよね。例えば調理方法では、焼いたり、煮たり、蒸したり、揚げたりとバリエーションが豊富です。他にも、うちのお店でよく提供するのはババロアですね。本日のメニューにも前菜で菜の花ババロアを提供しましたが、そういった工夫をすることで、野菜を中心としたコース料理ができてしまうという感じですね。
突き詰めれば同じ野菜でも、調理法が色々あるので、美味しさプラスアルファというのを常にお客様に提供するようにしています。そうすることで、お客様ご自身、野菜の美味しさや調理方法の発見に繋がればいいかなと思っています。

ーー最後の質問になりますが、今後、野菜料理の世界でどのようなトレンドの変化が起こると思われますか?
齊藤:
これはトレンドとはまた別の話かもしれませんが、世の中の多くの食品で、野菜などの素材の味が結構殺されてしまっているんですよ。例えば人工甘味料とか、酵母エキスとかをプラスして、旨味を厚くして美味しくしているようなところがあるんですけど、なんだか残念ですよね。そういうものに慣らされてしまった反動で、むしろ、素材の味を生かした料理を皆さんが好きになってくれればいいなという思いはあります。ポタージュなんかは、玉ねぎを炒めてキャベツと水と塩を入れてミキサーで回すんですけど、ただそれだけで、甘味や旨味を十分感じることが出来ます。
実は、元々20年前に開店した時は、鶏の出汁や、フォン・ド・ボー、コンソメなども自分で作っていたんです。それをスープに入れたりしていたんですけど、どうもしっくりこなくて。いろいろ試行錯誤して行き着いたのは、日本食の和出汁です。和出汁は、元の食材の味を壊さないんですよ。使っても全然素材が生きるので、重宝しています。
ーーなるほど、フレンチでも和風の出汁を上手く使って素材の味を活かす、というのは今後流行ってくるかもしれませんね。本日は、お忙しいところありがとうございました。