
野菜を効率良く、安定的に生産!植物工場について、ベジ・ファクトリー 杉戸量産実証工場の工場長 千葉さんに聞いてみた
近年、気候変動の影響により、露地で野菜を育てるのは大変になる一方です。
2024年から2025年にかけての冬は、様々な野菜の価格が高止まりし、いつもより野菜の購入を控えた方も多かったのではないでしょうか。
このような状況を受け、植物工場における野菜生産が脚光を浴びています。
植物工場で育てられる野菜には、どのような特徴があるのか?味や、安全性はどうなのか?
色々と気になりますね…!
そこで、植物工場の施工・建設等を手掛けている株式会社ベジ・ファクトリーの埼玉県杉戸町にある杉戸量産実証工場の工場長、千葉眞裕さんにお話を伺ってみました!

千葉 眞裕/株式会社ベジ・ファクトリー 杉戸量産実証工場工場長
1979年生まれ、北海道札幌市出身。
鹿児島大学農学部生物生産学科害虫学研究室卒業後、皇宮護衛官を拝命。35歳の時、大学時代から食に携わる仕事に興味があったため転職を決意。青果物業界大手のデリカフーズ株式会社を経て、2021年に株式会社ベジ・ファクトリーに入社、現在に至る。
完全人工光、湿度と温度のコントロールで、野菜を効率的に生産!
ーー杉戸量産実証工場には、どれくらいの人が働いていて、どんな野菜を生産しているか教えてください。
千葉:
現在、従業員はパートさんを含め27名で、生産品目としてはフリルレタスとグリーンリーフの二種類を生産しています。一日当たりの生産能力は、二種類合わせて約500㎏で、365日毎日収穫できるプラントです。
ーー「完全人工光型の植物工場」ということですが、どのような仕組みで野菜を生産しているのでしょうか?
千葉:
まず、植物工場と言われるものには、大きく分けて二種類あります。
一つは、弊社のような完全人工光型の植物工場で、もう一つは太陽光併用型の植物工場です。完全人工光型の植物工場はその名の通り、光源に太陽光は一切使わず、LEDライトの光のみを利用した水耕栽培の野菜生産方式です。室内で生産するので、全く外気と接していないというのも特徴です。
ーー素人的な考えですみません。太陽光も活用するほうが、より効率的に生産できそうな気がするのですが、そうしない理由は何かあるのでしょうか?
千葉:
確かに、太陽光も活用できればエネルギー効率としては理想的かもしれません。しかし、現状では、夏の暑い時期などに太陽光を取り入れると、空調をコントロールできずに温度が上がりすぎたりすることがあります。逆に、梅雨時など日照不足になる時期もあります。栽培する野菜の品種にもよりますが、一年間安定的に野菜を育てるためには、完全人工光型の方が優れています。

ーー株式会社ベジ・ファクトリーは、親会社である大気社の空調設備事業の技術や経験を活かして植物工場事業を展開しているそうですが、どのような技術が強みになっているのでしょうか?
千葉:
大気社は、空調設備関連を中心にエネルギー、空気、水に関わる環境対応技術に強みを持つ会社です。植物工場分野に進出するにあたり最も強みとなっているのは、温度と湿度をコントロールする技術です。
植物工場では大量のLEDライトを点灯させますから、熱が発生します。そのため、エアコンを稼働させて温度を下げる必要がありますが、温かい空気は上に移動し、冷たい空気は下に移動するので、室内の上部と下部で温度差が発生してしまいます。これを放っておくと、栽培棚の上部は暑すぎ、逆に下部は寒すぎて生育障害や生育不良を引き起こします。つまり、品質にばらつきが発生してしまうのです。
弊社では、工場で栽培棚の上下の温度差を1℃未満にする大空間空調の技術を有しており、品質を一定に保つことが出来ます。野菜は成長するにつれて、葉の裏からの蒸散量が増大します。これをそのままにしておくと、高湿度環境になってしまいます。そうなると、それ以上蒸散することが出来なくなります。野菜は、蒸散することによって根から茎や葉に水分や養分を吸い上げているので、蒸散ができなくなると必要な養分を吸収できなくなり、生育障害が引き起こされます。閉鎖空間で野菜を大きく生育させるには、野菜の生育段階に応じた湿度のコントロールも温度同様に重要であり、ここにも空調設備の技術が活きています。
植物工場での野菜生産には、たくさんのメリットがある
ーー植物工場で野菜を生産するメリットには、どんなものがありますか?
千葉:
完全人工光型の植物工場にお客様が最も求めているのは、「安定供給」ができるという点ですね。昨今、異常気象で台風、猛暑、大雨の頻度が高まっていますが、露地野菜ではこういった異常気象に加え、季節によっても安定供給が出来ないことがあります。植物工場なら外がどんな天候でも安定して生育・収穫できるので、計画的に供給ができるのがメリットです。

他にも、露地野菜と比較すると、野菜に付着している微生物数が圧倒的に少ないことが挙げられます。露地野菜にはどうしても土壌由来の微生物が付着しますが、施設水耕栽培では少なくすることが可能です。
更に、弊社では工場内の一部の収穫までの最後の16日間を自動化して、人が関わらないラインにしています。人が関わると微生物の付着リスクが高まってしまうので、機械化・自動化は微生物数が少ない理由に貢献しています。微生物が少ないということは、野菜が傷みにくく、鮮度が長持ちするということです。以前、豪華クルーズ船に納品したことがありますが、一カ月分積み込んで出航し、航行期間中、傷むことなく最後まで使用できた、という実績があります。虫や異物の混入もほとんど無いため、そのようなリスクを減らしたいお客様に選んでいただいています。
また、単位面積当たりの収量でもメリットがあります。植物工場では、栽培棚を多段式に積み上げる事ができるので、同じ面積でも何倍もの野菜を育てることが可能になりますし、季節によらず、毎日収穫できます。
他には、無農薬で栽培することが可能です。露地で無農薬栽培をするのは、非常に労力がかかりますし、自分は無農薬で栽培していても、隣の畑で使用した農薬が風で飛んでこないとは言えません。完全人工光型の植物工場産野菜は、極めて安全安心な野菜と言えます。
ーー多くのメリットがあるんですね!
植物工場の課題は、価格と電力消費
ーーそもそも、植物工場で生産が出来る野菜にはどのような種類がありますか?
千葉:
現状では、弊社が栽培しているフリルレタス、グリーンリーフに加え、サニーレタスなどを栽培している植物工場事業者が多いと思います。それ以外には、ハーブ類などを中心に栽培している事業者も存在します。
コストの問題などはありますが、葉物野菜はほぼ全て生産が可能です。とはいえ、結球するタイプの野菜は技術的に生産が難しいんです。現在、弊社では結球レタスの量産化にも取り組んでいます。
ーーそうなんですね!なんとなく価格が高そうですが、露地物の平均価格と比べると、どのくらい違うのでしょうか?
千葉:
露地物は、季節や気候によって価格が大きく異なりますが、露地物の安い時期と比較すると植物工場で生産された野菜の価格は2倍以上になります。一方、今の時期(2025年冬)のように価格が高い時には、逆に露地物野菜よりも安いです。今後は、植物工場産野菜と露地野菜の価格差が縮小すると考えています。

ーー大量の電力を消費しているのですが、環境負荷の観点で見ると持続可能なのでしょうか?
千葉:
電力を大量に使用するというのは事実であり、課題でもあります。環境負荷の観点から、再生可能エネルギーを使用するなどの研究も進めており、「持続可能な未来の植物工場」というのが今後、アプローチしていく領域であると考えています。
ーーここ数十年、LED技術が進化してきたことで、以前と比較すれば電力消費量は減っていると思います。今でも、LED技術は進化しているのでしょうか?
千葉:
LEDの発光効率は、確かに今も良くなっていますが、無限に良くなるわけではなくどこかで頭打ちになります。どのような所で環境負荷を低減して、持続可能な事業にするかというのは、更に考えていかないといけない課題と認識しています。
植物工場も農家も、すみわけ、共存していくことで食料の安定供給を
ーー植物工場での野菜の生産は、海外ではどのくらい認知、普及しているのでしょうか?
千葉:
欧米などでも、完全人工光型の植物工場はある程度存在しています。ただし、植物工場を建設したのはいいけれど、事業として成り立たず撤退したり倒産している会社が多いというのが現状です。技術レベルでは、完全人工光型の植物工場の技術研究は日本が世界で最も進んでおり、海外ではそこまで効率的に生産出来ていないようです。
ーー海外の、暑くて乾燥した砂漠地帯などではニーズがありそうな気がしますが、どうなんでしょうか?
千葉:
日本人の感覚だとそう思うのですが、完全人工光型の植物工場で作れる野菜の品種に需要があるかは何とも言えません。そもそも、海外では生野菜を食べる食文化が無い地域もありますからね。マーケットがあるかどうか、無い場合は、食文化を作っていけるかどうかが今後の成功のカギですね。
ーー将来的に、日本で植物工場がどのくらい普及すると予測されていますか?
千葉:
日本では、かつて植物工場のブームのようなものがあったのですが、電力の高騰化や栽培が上手くいかなくて撤退する企業が多かった時期もありました。しかし、そこから技術の進化や新たなニーズの創出による販路の拡大などで再び、植物工場が増えつつあります。今後、どれくらい普及するかというのは、気候変動の影響次第という面もあると思います。例えば、昨年のような猛暑が毎年必ず起こって、野菜の供給が毎年滞ることになれば増えるでしょうし、脱炭素の取組が功を奏して気候変動が食い止められれば、それほど増えない可能性もあります。

それ以外の要因としては、農家さんが非常に高齢になっているので、例えば猛暑の中で作業をすることが出来なくなっているという話も聞きますし、それ以前に、農業就業人口が激減しているという状況も出てきています。農業の生産者がいないとなれば、自ずと自動化や省力化が出来る植物工場で生産するケースが増えてくるかもしれませんね。
そうはいっても、全ての野菜を植物工場で生産することは不可能なので、植物工場で作れる野菜は植物工場で作る、畑でしか作れない野菜は畑で作る、というすみわけが進んでいくのではないかと考えています。
ーーなるほど!植物工場は既存の農家の仕事を奪うのではなく、共存していくことが食料の安定供給に繋がるということですね。本日は、どうもありがとうございました。