
地球にも人にも優しい食生活を!女子栄養大学の林芙美先生に聞いてみた、野菜とSDGsのこと
みなさんは、食事を選択する基準として何を重視していますか?
価格、美味しさ、好きな食材が入っているかどうか、栄養バランス…、基準は様々あります。今後は、この判断基準に「地球環境に優しいかどうか」というのも入ってくるかもしれません。
野菜にまつわるプロフェッショナルにお話を伺う「ヤサイビト」シリーズ。
こちらの記事では、栄養学、公衆衛生学関連の専門家であり、人にとっても地球にとっても持続可能で、健康な食事の研究に取り組んでいる女子栄養大学の林芙美先生にお話を伺いました!

林 芙美(はやし ふみ)/女子栄養大学 栄養学部 准教授、米国登録栄養士
人と地球の未来をつくる「健康な食事」実践ガイド研究代表者
米国コロンビア大学教育大学院卒業(修士)、東京医科歯科大学大学院卒業(博士)
著書:間違いだらけの「野菜」の食べ方(青春新書プレイブックス)
「成人一日当たり350g」は、量だけではなく質も大事!
ーー先生の著書『間違いだらけの「野菜」の食べ方』を拝読しました!なるほどと納得できる内容で、とても面白かったです。本の中で、野菜の摂取について「一日350g」という量以外にも気を付けないといけないというお話がありましたが、わかりやすく説明していただけますか?
林:
「成人一日当たり350g」という野菜の摂取目標量は、厚生労働省が定める「食事摂取基準」が推奨する、食物繊維やカリウムなどの栄養素の量を満たすために設定されています。これらの栄養素の主な摂取源は野菜であり、目標量を達成するためには野菜摂取量を増やすことが必要だと考えられています。
今、不足していると言われているのは野菜一皿分、これはグラムにすると70gで、これだけ増やすと循環器病等の疾病が減ることが予測されています。しかし、330gはダメで351gならOKとか、そういうことではないのですね。
国際的にいうと、例えば世界保健機関(WHO)では「野菜と果物を合わせて400g以上食べましょう」と設定されていますので、1つの目安として一定量を摂る必要はあるという感じですね。
また、野菜の種類には緑黄色野菜とその他の野菜があり、どちらか一方ばかり食べていては補いきれない栄養素があります。生野菜だけ、加熱した野菜だけに偏っても足りない栄養素が出てくるので、色々な種類の野菜や野菜料理を食べる必要があるというのが重要なポイントになると思います。
ーーなるほど、量だけではなくて種類も大事なんですね!
一人当たりの野菜摂取量は、なぜ減少している?
令和6年11月に公表された「令和5年度の国民健康・栄養調査」の結果の概要では、野菜摂取量が一人一日当たり250g程度まで減少していました。ここ十数年、野菜摂取量は減少傾向が続いていますが、どうしたら増加させられるでしょうか?
林:
日本人の今の食べ方を大きく変えない限り、難しいかもしれませんね。私どもの研究チームでは、コロナ禍に成人約2,000人を対象にウェブ調査を実施し、論文を発表しました。調査結果では、食事の質が悪くなった人は、食事の食べ方が簡便化していたのです(注1)。例えば、食材から調理せずにいわゆる加工品を多く使ったり、弁当や惣菜などを買う頻度が増えた人は、食事の質が悪くなっていました。
他にも、家計調査データを用いた研究では、コロナ禍以前と比べて2020年には外食が減り、家庭で食事を食べる機会が増えて生鮮食品等への支出は増えました。しかし、調理加工品の利用も増えたのです。さらに、2021年になると生鮮食品等の利用は減少を示したものの、調理加工品の利用は減っていないどころか、むしろ増加していたのです(注2)。一度便利さに慣れてしまうと、なかなか元の調理方法には戻せないのかもしれないですよね。

このように、加工品を日常的に使い始めたことも野菜の摂取量減少に繋がる要因の一つだと考えています。弁当や惣菜、冷凍食品など加工品には色々ありますが、多くの商品には野菜はそれほど多く使われていません。
また、手軽に野菜を摂る方法としてカット野菜をおすすめしているのですが、量について勘違いしている人が多いですね。一般的なサイズのカット野菜は、1袋あたり100~150g程だと思いますが、この量で2人分とか家族全員分という認識をされている方もいます。でも、実はこの量だと一人の一食分程度なので、もっと食べるようにしないといけないですね。このような食行動の変化と必要量に対する知識不足の両方が、野菜の摂取不足に繋がっていると感じます。
国民健康・栄養調査の時期が11月で、調査時期に野菜価格が高騰したりすると摂取量に影響するという問題もあると思います。令和6年の11月も、平年に比べて一部の野菜の価格が高かったので、来年公表される令和6年の結果も悪いのではないかと危惧しています。
健康に生きるために、野菜の摂取について正しい知識を!
ーー食べ方を大きく変えるのが難しいとなると、今後、量ではなく質で補うという考えになっていくのでしょうか?
林:
それは、中々難しい問題ですね。例えば、栄養価が高いトマトやブロッコリーなどを少量食べれば350g分食べたことになるかというと、そういう訳ではないですね。野菜ジュースで一日分の野菜が摂取できるかのように謳っている商品がありますが、当然それだけ飲んでいれば他に野菜を食べなくて良い訳ではないのと一緒ですね。
ーーカット野菜や冷凍野菜、野菜ジュースなどを食生活に上手に取り入れる場合の注意点について教えてください!
林:
一日に必要な量を理解した上で、カット野菜は見た目で判断しないで重量の記載を確認して、一日の目安量に対してどれくらいが適量なのか確認しながら使っていただきたいですね。野菜ジュースやスムージーは、一日分の野菜が摂れますと記載があっても、栄養素のレベルでは加工の過程で減少しているものもあります。それなので、野菜ジュースだけ飲んでいれば良いというわけでは無く、あくまでも野菜摂取が足りない時に補うという位置付けで摂取するように心掛けてください。
ーー野菜摂取量が少ない状態が今後も続くと仮定した時、将来的に日本人が直面する健康課題には、どのようなものが考えられるでしょうか?
林:
野菜や果物は、現在、元気な高齢者層が一番食べています。今、元気な高齢者の人たちは、昔からその食事を維持しているから元気なのかもしれません。
しかし、それが実行できていない私たちが何十年後にどうなるかと考えると、健康寿命の延びが鈍化したり、生活習慣病の増加が起こりうると思いますね。もちろん、食事だけが原因ではないですが、大きな要因の一つではあります。この状態が続くと、糖尿病や高血圧などの生活習慣病にかかる人が、今より増えてくる可能性はあります。
地球にも優しいサステナブルな食生活に、早くから着目!
ーーここからは、持続可能な食の話も伺っていきます。林先生が、人に加えて地球の健康についても研究テーマとしたきっかけを教えてください。
林:
2019年秋に、フィラデルフィアで米国栄養士会が開催され、参加しました。同じ年、世界のフードシステムの変革を目的とするEAT財団という非営利団体が設立したEAT-Lancet委員会が、持続可能なフードシステムによる健康的な食生活を提言するレポートを出しました。
この学会で、EAT-Lancet委員会の中心メンバーだったウォルター・ウィレット博士の講演を直接聴く機会がありました。それに感銘を受けたことに加え、海外の学会ではその時点で既に「サステナブル」という言葉がよく使われていて、関連するシンポジウムや特別講演なども多かったのです。
当時、日本ではまだそれほど注目されていない分野でしたが、こういう考えや取り組みを紹介したいという思いがあって、取り組み始めました。
ーー日本ではかなり早い段階で取り組み始めたんですね。では、地球にとって健康的な食事パターンというのはどのようなものでしょうか?
林:
まずは、適正なエネルギーの範囲で、バランスよく食べること。そして、植物由来の食べ物の摂取量を増やして、たんぱく質の摂取源も動物性の肉類を減らすということになりますね。
もちろん、いきなり牛肉を食べるのをやめましょうというのは難しいので、置き換え可能であれば鶏肉や卵・大豆製品に代える。そうすることで、環境だけでなく人の健康にもいい影響があります。そういった発想を、飲食店の方にも意識していただきたいですね。

ーー野菜については、どうでしょうか?環境への配慮という点で、野菜を購入するときに気をつけたいことがあれば教えてください。
林:
野菜の生育方法や生育期間、収穫後の搬送方法などによって異なるので、個々の野菜の環境負荷が大きい小さいと判断するのは難しいです。よく言われているように、地元でとれたものは、輸送にかかる負荷が小さくなるので環境に良いと言えますね。また、旬ではない時期にハウス等で育てたものよりも、旬の時期に露地で栽培されたものの方が一般的には環境負荷は小さいです。
単純に国産だから環境負荷が少ないわけでは無く、産地や栽培方法、旬かどうかなども意識すると良いかもしれません。日本で主に消費される野菜について、環境負荷を定量的に評価した研究によると、いわゆる旬の時期での消費が他の時期より環境負荷は小さく、野菜の生産・輸送にかかるCO2排出量の約3割が輸送によるものであったことから、近隣の地域でとれた野菜のほうが環境負荷が小さそうです。
ただ、東京などの大都市だと、地元の野菜を買いましょうと言ってもスーパーに殆ど置いていない場合もあるので、実現可能性が低いメッセージになりかねないですね。農林水産省が「食事バランスガイド」と合わせて「私たちと地球の未来につながる食生活 4つのポイント」というのを示しています。
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/attach/pdf/kankyo-33.pdf
環境やSDGsと構えず、今あるものを無駄なく使おう
ーー先生が委員として関わっておられる「一般社団法人 健康な食事・食環境コンソーシアム」の事業である「スマートミール」認証基準の中に、「持続可能な環境に配慮した取組」という新項目が追加されるそうですね。こちらの内容について解説をお願いします。
林:
スマートミールとは、健康づくりに役立つ栄養バランスのとれた食事のことです。一食の中で、主食・主菜・副菜が揃い、野菜がたっぷりで食塩のとり過ぎにも配慮した食事を指します。
外食・中食・事業所給食が対象で、コンソーシアムが審査をして、継続的に健康的な環境、具体的にいうと栄養情報の提供や、受動喫煙防止等に取り組んでいる環境で食事を提供している店舗や事業所を認証する制度です。
2025年の認証審査から、この中に「持続可能な環境に配慮した取組等の基準」を追加します。これは、先ほどお話しした農林水産省が示している「私たちと地球の未来につながる食生活4つのポイント」に基づいて基準を作成しています。
もっと具体的にいうと、地元産食材を使用しているか、食堂で食品ロス削減や省エネ・省資源に取り組んでいるかなどです。認証基準を満たした場合には「環境マーク」が付与されますので、店舗や事業所は付与される環境マークを利用して環境への取り組み姿勢を利用者にアピールできますし、利用者の購買意欲を高めることも期待されます。

スマートミール(持続可能な地球環境)ロゴマーク
ーーとても意欲的な取組ですね。飲食店検索アプリなどで選択肢に加えられると、環境意識が高い人の利用頻度が上がるかもしれませんね。
林:
認証はハードルが高いと思われがちですが、そんなことはありません。食品ロス対策や省エネ・省資源の取組などは普段から実施されているかと思いますので、多くの施設の方に取得していただきたいですね。
ーー最後に、人と地球の健康のために、我々消費者が簡単に取組可能なことを教えてください。
林:
まず、「食事づくり」に関わるところから始めてみましょうというのをお伝えしたいですね。
いわゆる調理という意味ではなく、何を食べるか考える。自分でスーパーなどに買い物に行く。そして、食材を調理をして食べる、余ったものを保存する。次の食事はどうしようか考える。そういった一連の食事づくりのプロセスに、どこからでもいいから関わって欲しいです。そうすると、間違いなく食事や食材に対する関心が生まれるのでそれを大事にしてください。
もちろん、まったくやったことが無い人が全部に関わるのは難しいと思うので、それぞれのライフスタイルの中で、ちょっとでもいいから出来ることから始めていただきたいです。
環境やSDGsと構えてしまうと、特別なものを買ったり食べたりしないといけないと思われるかもしれませんが、特別なものじゃなくても意識して選択することで取り組むことはできます。あともう一つ、今あるものを無駄なく使うことが本当に重要だと思います。
最後に、健康のための食事の選択という観点では、海外では栄養プロファイルという考え方がクローズアップされています。実は、日本でも昨年国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所から、日本版栄養プロファイルモデルがリリースされました。
栄養プロファイルは、食品の栄養価を総合的に判断できるよう、複数の栄養素等の含有量で食品を評価する仕組みです。一つの栄養素だけに着目するのではなくて、脂質とか糖、あるいは摂取したいビタミンなど全体のバランスを考慮します。
スマートミールもそうですが、「〇〇がよい」と個々の栄養素や機能性に注目するのではなく、食事全体のバランスを無理なく整えるための取組みが、今後広がって欲しいなと願っています。

注1:Hayashi, F.; Takemi, Y. Determinants of Changes in the Diet Quality of Japanese Adults during the Coronavirus Disease 2019 Pandemic. Nutrients 2023, 15, 131. https://doi.org/10.3390/nu15010131
注2:髙野真梨子, 武見ゆかり, 林芙美. 新型コロナウイルス感染拡大下における世帯人数・世帯収入別食料支出の変化:家計調査の分析から. 栄養学雑誌 2023; 81: 269-278. https://doi.org/10.5264/eiyogakuzashi.81.269