本当はすごい!国際競争力を持つ日本の種苗会社と、あくなき挑戦を続ける植物ブリーダーに迫る
私たちが日常的に親しみ、食べている野菜は、種から育ちます。
その種を取り扱う「種苗(しゅびょう)会社」と、植物の品種開発を担当する植物ブリーダーの存在を、知っていますか?
実は、日本の種苗会社は高い技術を持っており、グローバルに戦える国際企業なのです。植物の品種開発を行う人々は「ブリーダー」と呼ばれ、ヨーロッパでは憧れの職業だと言います。
品種開発は、気候変動への対応、収量の改善や野菜の廃棄ロスの削減など、活動そのものがSDGsに直結しています。
野菜の最前線で活躍する、トキタ種苗株式会社 研究開発グループの中島 紀昌さんに、野菜の種にまつわるアレコレを聞いてみました!
プロフィール
中島 紀昌
トキタ種苗株式会社 研究開発グループ ブリーダーチーフ。
2001年日本大学生物資源科学部国際地域開発学科卒業
2003年信州大学大学院機能性食料開発学専攻修了
2003年 青年海外協力隊ブータン派遣
2005年 トキタ種苗株式会社入社 大利根研究農場育種開発グループ配属 現職
トキタ種苗HP https://www.tokitaseed.co.jp/
トキタ種苗YouTube https://www.youtube.com/channel/UCpWzYl0s4MdNNdweq-GTzkA
高い開発力を持ち、グローバルに戦える日本の種苗会社
ーー早速ですが、中島さんが所属されている「トキタ種苗株式会社」の歴史や理念について教えてください。
中島:
当社は、1917年に埼玉県粕壁町(現在の埼玉県春日部市)で創業しました。実は、100年以上の歴史がある老舗企業です。常に「良い品種とはなにか?」を考え、事業展開をしてまいりました。
例えば、創業当時や戦後すぐは食糧事情が今ほど安定していない時代でしたから、「国民の飢えをしのぐため」に事業に取り組んでいたと聞いています。その後、1973年に鉄道輸送の便が良い大宮市(現さいたま市)に本社を移転しました。ここ、大利根研究農場は、翌1974年に南桜井農場からの移設する形で開設しています。
高度経済成長の頃における良い品種は、流通や栽培上の課題を解決する品種でした。現在は、生産者だけでなく「全ての食べる人のため」に風味や調理のしやすさ、栄養、機能性なども考慮した品種開発を心掛け、その先の良い品種を目指して育種をしています。
戦後は海外との取引も多くなり、ヨーロッパ、アジア、アメリカとの取引が徐々に増えてきて、現在は海外にも拠点を5つ持っています。
ーー御社の強みや特色はどういったところにあるのか、教えてください。
中島:
これは、当社だけでなく日本の大手の種苗会社に共通して言えることですが、国際的に見ても開発力が非常に強いので、グローバルに競争できるという点ですね。当社も、輸出先は把握しているだけで116ヵ国ありますし、代理店経由で種が渡っている国を含めたら、地球上のほぼ全ての国で当社の種が使われているんじゃないかと思います。
あまり知られていませんが、日本の種苗会社の開発力は非常に高いんです。それはなぜかというと、日本の環境が野菜を育てるのに適していないからなんです。日本には四季があり、夏は、最近の猛暑の影響もありますが40℃近くまで気温が上昇し、冬場は氷点下になることもしばしばあります。大半の我々日本人は住みやすいと思っていますが、梅雨の時期は病害が発生しやすく、野菜にとっては過酷です。
日本のような過酷な環境は、世界中探してもどこにも無いんです。だからこそ、日本の気候でしっかり育つことが確認できた野菜は、世界中どこに行ってもちゃんと育ってくれるので、海外の農家さんから高く評価されています。
品質に対する嗜好性に応える必要がある日本の種苗会社の製品開発力は、海外においてもレベルが高いのです。
日本のように特色のある種苗会社が多い国に、オランダがあります。オランダは狭い国土で多くの野菜を収穫するために、とにかくどの野菜の品種も多収を目指して品種開発をしています。どんな環境にも対応できて、味もよい日本の野菜、とにかくたくさん収穫できるオランダの野菜、というのが国際的な評価です。
ーー日本の気候は、野菜にとってはつらい環境なんですね。意外でした。
中島:
そうなんですよ。種子生産も同じです。当社の商品である販売用の種の栽培は、99%以上が海外産です。日本には梅雨があるため、収穫前に種が植物についたまま発芽してしまうこともあって、品質の良い種をとるには苦労します。採種(種を採ること)には、雨が少なくて乾燥した地域が適しています。面白いことに、このような地域はワイン用ブドウの栽培適地でもあるので、ワインの名産地の近くで種子用の栽培が行われているんです。
余談ですが、日本で栽培している野菜の種は殆ど輸入品なので、食糧安全保障面で心配という声をたまに聞きます。しかし、手間と時間がかかる割に年間を通じた作業ができないので、人材確保も難しい日本で種子生産することのほうが、食糧安全保障に問題が出てくるんです。
他に、当社の特色として従業員数が150名程なので、社長と直接やりとりをして仕事を進められる、ちょうど良い規模感ということがあります。社内には部署の壁みたいなものがないので、仕事には様々な部署の人が集まって皆で取り組んでいます。自由な社風なので、日本にこれまで無い品種を開発しようという雰囲気にあふれています。
終わることのない、植物ブリーダー(育種家)の挑戦
ーー主力品種としては、どのようなものがあるのでしょうか?
中島:
売り上げでいうと多いのはねぎ、トマト、かぼちゃですね。先ほどもお話ししたように、日本は四季があって気候が大きく変わるので、同じ野菜でも栽培する品種を変えながら市場に提供しています。世界的に見ても、日本は野菜の品種が多いという特徴があります。
ねぎや小松菜は、トマトと違ってブランド品種化していないので、あまり知られていませんが、当社の開発品種でもたくさんの種類が出回っています。あとは、他の会社が扱っていないヨーロッパ、とくにイタリア野菜の開発をしています。ラディッキオ(チコリーの一種)、カリフローレ®️(スティックカリフラワー)、スティッキオ(フェンネルの品種改良品)は人気がありますね。ミニ野菜では、娃々菜(わわさい)という流通に適した小型で、サラダでも鍋でも美味しい白菜が主力になっています。
ーー品種開発はとても大変だと思いますが、一つの品種を開発するのにどのような手法で、どのくらいの期間がかかるのでしょうか?
中島:
品種開発(改良)は、主に交配育種によって行います。暑さや寒さに強い品種、収量が多い品種、病気に強い品種、酸味が強いとか甘みが強い品種など、引き継がせたい親の特徴を掛け合わせて交配させます。
交配させて出来た種をまた畑に蒔いて、色んな環境で育ててみて、そこから狙った特徴を持った品種を選別していくんです。それなので、一つの品種を市場に出せるようになるまでには着手してから10年くらいはかかりますね。
理想通りの完璧な品種が出来ることはないので、常に改良を繰り返していきます。ブリーダーの仕事に終わりはないですね。例えば、小松菜を例にとると、江戸時代の小松菜と今の小松菜は味も、規格も全く違う別モノ。そして、今も小松菜は進化し続けています。
ーー新しい品種の開発には、本当に長い時間と労力が必要なんですね。ところで、野菜の育種を行う人もブリーダーと呼ぶんですね!動物の交配を手掛けている人の呼び方だと思っていました。中島さんがブリーダーになろうと思ったきっかけは、何かありますか?
中島:
単純に、植物の交配が好きだったんです。子供のころから、庭に生えている違う色の花同士をくっつけて受粉させて、翌年その色が混ざっている花が出来るのを見て楽しんでいました。ヨーロッパでは、ブリーダーはすごく尊敬されていて、憧れの職業なんですよ。
ーーそうなんですね…!最近、ゲノム編集などの新技術の話をよく耳にしますが、活用しているのでしょうか?
中島:
今のところ、ゲノム編集を使った開発はしていません。ゲノム編集は夢の技術のように扱われて、狙った特徴を持ったものが短期間で開発されるイメージがありますが、実情は全然違います。ある特徴を発現させる遺伝子を狙って編集しても、その通りになることは少ないんです。本当は、色々な相互作用の上で発現しているであろうことが未解明になっていることが多いんですよ。
成功事例だけがよく報告されてはいるのですが、たまたま上手くいった事例であって、全ての品種に当てはまるわけではないので、ゲノム編集より交配育種の方が開発のスピードも全然早いんです。現時点では、まだ使いづらい技術という位置づけですね。
「品種開発」は、活動そのものがSDGsの取り組みである
ーー最近、農業による環境に与える影響が取りざたされることも多いですが、持続可能な農業への取り組みという点では、何か工夫されているのでしょうか?
中島:
実は、私たちが行っている品種開発という活動そのものがSDGsの取り組みだと思っています。様々な気候に対応できる品種、単位面積当たりの収量が増える品種開発については環境負荷が少ない農業の実現に貢献していますし、美味しくて食べやすい品種の開発で、野菜の廃棄ロスの削減にも貢献していきたいと考えています。
最近は、気候変動の影響が非常に大きいのは皆さんも実感していると思います。日本でもここ数年、夏場の猛暑は定着していますし、欧米でも干ばつの影響で、様々な作物が不作になっています。特に、干ばつに強い野菜、塩害に強い野菜というのが持続可能な農業のために求められていますので、我々も力を入れている所です。
これは、私の個人的な意見ですが、今年は日本の農家が気候変動対策に本気で取り組み始めた歴史的な転換点になるのではないかと思っています。
これまでも、農業関係者の間では気候変動問題、環境負荷、後継者問題などへの危機感というのは言われ続けてきました。でも、実害が少なくて皆、他人事だったんですね。それが、既にもう現場レベルで影響が出るところまで来ているので、産地の知己の人々が本気になって取り組み始めています。
日本の農業の将来見通しについては、ネガティブな意見が多くありますが、現場のたくさんの方々が本気になって力を合わせて取り組めば、日本の農業は復活できると信じています。
ーー持続可能な農業の実現のために、野菜もどんどん改良されて進化しているんですね。その一方で、地域の固有種、例えば伝統野菜などが無くなってしまったら寂しいという思いもあります。
中島:
伝統野菜は、ある特定の地域で少量が作られ、種取りもその地域の農家さんが独自で行っていることが多いのですが、野沢菜や広島菜など、地方野菜の栽培のしにくさを支援する取り組みをしています。
伝統野菜が絶滅してしまう可能性もあるので、我々としては、農研機構さんが運営しているジーンバンク事業(遺伝資源について探索収集から特性評価、保存、配布および情報公開までを行う事業)から依頼を受けて、様々な在来品種の種の保存に協力しています。
ーーとても素晴らしい活動ですね…!これまでお話を伺ってきて、種苗会社が頑張ってくれているお陰で、我々の食卓が充実していることを実感しました。消費者の立場だと、これまであまり知る機会がありませんでした。
中島:
消費者の方々に種苗業界のことがあまりにも知られていないことは、課題だと思っています。SDGsへの取り組みも、昔から貢献しているのに知られていないのは残念です。我々も消費者に伝えたいことはたくさんあるので、最近はSNSやYouTubeを活用して、意識的に情報発信をするようにしています。
ーー正しいことを知ってもらうためにも、自ら情報発信するのはとても重要ですね。先ほど、日本で栽培する野菜の種の殆どが外国産であることについて、その理由を教えていただきました。他にも、野菜の多くがF1品種(※)であることに良いイメージを持っていない人もいるように思いますので、改めてご説明をお願いします。
中島:
先ほども申したとおり、日本の栽培環境というのは非常に複雑であり、過酷なんです。そういった環境下で栽培できないと海外からの輸入青果に太刀打ちできず、食糧安全保障が脅かされてしまいます。
日本の過酷な環境に適応できて、ある程度の収量が取れる強い品種を生み出すためには、F1品種でしか実現出来ないことを知って欲しいですね。もちろん、固定種には固定種の良さもあるので、うまく使い分けるという事が重要だと思いますね。
(※)植物の種には、自家採取などによって代々植物の持つ性質や形といった形質が受け継がれた「固定種」、異なる優良な形質を持った親をかけ合わせて作る「F1種」という2つの種類がある。
ーーありがとうございます。では、これからの時期、夏植えのもので家庭菜園で栽培するのにお薦めの野菜を教えてください。
中島:当社の商品で是非育てたり、食べてみていただきたいものとして3つあります。
一つ目は「とろーり旨ナス®️」という白ナスの品種です。皮がすごく柔らかくて、加熱すると、ねっとりときめ細かい食感です。フリッターの衣をつけて唐揚げにすると、外はカリっと中はトロッとして、クリームコロッケのようなとろける食感を楽しめます。
二つ目は、イタリア野菜のカリフローレ®️です。病気に強く、栽培が比較的容易です。スティック状に伸びた花茎を食べる新野菜です。柔らかくてほんのりとした甘味もあり、和洋中どんな料理でも楽しめます。
最後はケールです。当社の品種、カリーノケール®️は、最近スーパーでもよく見かけるようになりました。以前は青汁の原料として知られていて、栄養価は高いけど美味しくないイメージがありましたが、カリーノケール なら、品種改良でケールの栄養価の高さはそのままに、サラダとしても食べられる美味しいケールを育てることが出来ますよ。
ーー最後に、野菜の魅力、農業への関心を高めるようなメッセージがあればお願いします!
中島:
日本は、野菜の品種が多い国ではありますが、世界にはまだまだ面白い野菜がたくさんあります。例えば、ヨーロッパ野菜は色鮮やかで、味も濃く、野菜が主役になれるような特徴があります。煮込み料理や、じっくり弱火でグリルする調理に向いており、栄養価も高いです。新しい野菜を種苗メーカーとして広めることで、農業と人々の豊かな暮らしを支える活動ができたら嬉しいです。