機能性食品の黎明期から研究を続ける上田浩史先生は、薬学から食品、そして農学へと知識と経験を活かし広げていく!
機能性表示食品制度をご存知ですか?
スーパーなどの店頭で、食品の機能性表示に惹かれて選ぶこともあるぐらい、近年では私たちの生活に浸透してきています。
野菜にまつわるプロフェッショナルにお話を伺う「ヤサイビト」シリーズでは、機能性食品研究の黎明期から関わってこられた農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)の上田 浩史先生に研究についていろいろと伺ってみました。
上田先生のお話からは、幅広く興味を持って色々と経験し学んでいくことによって対応できる分野を広げていく、という研究者としての姿勢が浮かび上がってきました。
これからの世代にとってもたくさんのヒントがつまったインタビューです!
上田 浩史
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜花き研究部門 野菜花き育種基盤研究領域 素材開発グループ グループ長
1991年に文部省科研費補助金重点領域研究「機能性食品の解析と分子設計」に参画したのを機に大学薬学部にて植物性食品の免疫調節作用を中心に食品機能研究を開始。現在は農研機構で野菜の機能性開発、高付加価値化を目指し、細胞、動物を用いた様々な活性探索、ヒト試験、栄養・機能性成分の分析・同定等に取り組む。文部科学省の科学技術・学術審議会の食品成分委員として日本食品標準成分表の野菜と嗜好飲料を担当している。
日本の農業と食品産業の発展のため!民間企業との関わりも深い「農研機構」
ーー早速ですが、先生が所属されている「農研機構」という組織について教えてください。
上田:「農研機構」というのは、日本の農業および食品産業の発展のために、基礎から応用まで幅広く研究を行っている国立研究開発法人です。正式名は「農業・食品産業技術総合研究機構」ですが、長いので通称「農研機構」と呼ばれています。
ーー農業と付いているだけあって、農林水産省との関係が深いのでしょうか?
上田:そうですね、農林水産省所管の国立研究開発法人です。とはいえ、研究成果を企業等に還元して社会実装していただくことも大切な仕事で、特許の実施許諾や共同研究等を通じて民間企業にご活用いただくこともあります。
ーー上田先生が所属されている「野菜花き研究部門」では、どういう内容の研究をされているのでしょうか?
上田:「野菜花き研究部門」は、文字通り野菜と花の研究をする専門部署です。拠点が3か所あって、1つ目はつくば市観音台にあり、施設および露地野菜の生育予測や栽培環境による効率生産などを手掛けています。
2つ目の拠点は三重県津市にあり、私は普段はこちらで研究をしています。そこでは2つの研究領域があり、1つは、露地野菜あるいは施設野菜に関して、例えばDNAマーカーを活用した効率的育種などを手掛けています。もう1つは、私が所属する野菜花き育種基盤研究領域であり、こちらは育種を支える基盤的な研究をしています。例えば、遺伝子解析やDNAマーカー開発等で育種に活用する技術開発をしたり、機能性成分の解析や高含有素材の探索、虫害・病害等の耐性に関する素材を開発しています。
3つ目の拠点は、つくば市の藤本にあり、花の匂いや日持ちに関する研究を行っています。
ーー野菜や花にはたくさんの種類がありますが、どのような種類の研究が多いのでしょうか?
上田:野菜も花きも、流通量の多いものが重要と位置付けられています。 野菜ではアブラナ科、ナス科、ネギ属、ウリ科、イチゴ。花ではバラ、ユリ、キク、ダリアなどの研究が多いです。
薬学の世界から、黎明期の食品の機能性研究の世界へ!
ーー続いて、上田先生ご自身の研究にフォーカスしてみたいのですが、先生はこれまでにどのような研究をされて来られたのでしょうか?
上田:私の研究歴は、かれこれ30数年になります。帝京大学薬学部に勤務したことから始まりました。がんの免疫療法に興味があったので、がん免疫で著名な研究室の門を叩きました。最初の頃は、細菌製剤や細菌由来の成分で免疫機能を強化して治療することを目指していました。ただ当時、だんだん免疫療法だけでは癌を完全に治療するのは困難であると分かってきた時代で、研究を進めていても難しいと思い始めたのです。
ちょうどその頃、文部科学省(当時、文部省)で食品の機能性を整理して新たに開発していく重点領域研究という試みが始まりました。食品の機能を1次機能、2次機能、3次機能と分けて研究していく方針が示されたのです。1次機能は「栄養」に係わる機能、2次機能は「嗜好(美味しさ)」に関する機能、3次機能は「生体調節機能」を指します。私も、帝京大学薬学部の上司とともにその重点領域研究に参加して、食品成分による生体調節機能の研究に取り組むことになりました。薬学で培った手法の、食品への応用が始まったんです。
まずは、食品による免疫の制御の理論や実験系の開発、指標の制定から始めました。最初の頃は、乳酸菌や腸内細菌などを扱っていました。その後、野菜や果物などの植物性食品は、動物とは異なる成分を持っていて免疫反応が起こりやすいと考え、野菜や果物の成分による免疫力強化に関する機能性研究に移行していきました。
その過程で、免疫を活性化するものだけでなく、過剰な免疫反応を抑制する野菜も見つかりました。それは、シソの葉の作用で、当時トピックとして扱われたので自ずとそれに注力することになりました。具体的には、私の作成した実験系で炎症性サイトカインの産生を抑えたり、動物実験でアレルギーモデルを作り、実際に症状が抑制するということを明らかにしました。また、活性成分を探索したところ、フラボノイドの一種であるルテオリンであるということが分かり、免疫系に対する作用以外にも研究が広げられました。
ーー食品の機能性研究の黎明期から携わってこられたんですね!
上田:その後、家庭の事情などがあり、生まれ故郷の三重県に戻ることになりました。その時にご縁があって、農研機構に臨時的任用研究員として勤務しました。当時は独立行政法人で「野菜茶業研究所」と呼ばれていましたが、津市にあることはその時まで全然知りませんでした。
農研機構に移って最初に手掛けたのは、イチゴのDNAマーカーによる品種識別という技術開発で、2年半ほど担当して成功に導きました。その後、一時的に民間企業勤務も経験しましたが、現在所属する野菜花き研究部門で、元来の専門である機能性の研究者の公募があって採用され、今日に至っています。
ーー食品の機能性研究をどうしても続けたいという熱意を持ってやって来られたんですね…!
薬学の知識が食品の機能性研究にも生きる!ネギの粘液成分の驚きの効果
ーー現在、取り組まれているテーマについてお話を聞かせてください。
上田:長年、ネギの粘液成分の免疫活性化作用という研究テーマに関わっています。他にも、機能性表示食品制度が始まってから、機能性の表示が可能な成分の探索やその成分を含有している野菜の探索も手掛けています。生鮮食品の機能性表示の実績を作っていく、ということもやっているんです。例えば、ホウレンソウのルテインの機能性表示を手がけました。
ーー色々なテーマがあるんですね!ネギに興味を持たれたのは、どのような理由からでしょうか?
上田:私が機能性の研究職として採用された際、ネギの免疫調節機能を明らかにするというテーマを指定されたのが始まりです。まず、ネギを葉身部、軟白部、粘液と部位別にして調べたところ、粘液に免疫の活性化作用があるというのが分かりました。大学勤務時は、免疫を抑制する野菜成分の探索に注力してきたので、免疫の活性化は残りのピースを探し当てたようなので面白いなと思いました。
ーーネギは、地域によっては風邪を引いた時に首に巻いて寝るといった民間療法があったりしますけど、そういうのにヒントを得て始まったのでしょうか?
上田:残念ながら、そういう訳ではないんです。確かに、民間療法では喉に巻いて寝るとか鼻に詰めるなどといった方法があるようですが、恐らく、揮発性の含硫成分による鼻粘膜への刺激によって鼻の通りが良くなっているということであって、決して食品として摂取した場合の免疫の活性化作用ではないと思います。
ーーなるほど、ありがとうございます。これまでの先生の研究では、ネギの機能性についてどのようなものが確認されていますか?
上田:免疫の活性化の指標となるマクロファージの活性化、ナチュラルキラー細胞の活性化、唾液中のIgA抗体の産生促進作用といった作用を見出しています。それらは、インビトロ(試験管中の細胞試験)だけではなく、経口での動物実験、そしてヒト試験でもそのような結果が得られることを確認しています。
ーーいつも捨ててしまっていましたが、ネギの粘液成分って、実はすごいんですね!
上田:それと、活性成分ですね。1つはマンノース結合レクチンと呼ばれるもので、もう1つはソーマチン様タンパク質というものが活性成分としてわかってきました。理論的には、レクチンは哺乳類の免疫の活性化に関与するというのはわかっているので、第一候補と考えています。
専門から専門へ、広げていくこともまた道を極めるということ
ーー免疫に関する研究は、一筋縄ではいかないと思います。これまでの研究者人生の中で、研究を進める上でどのような困難や壁に直面しましたか?また、それらをどのように克服したか教えてください。
平成27年に機能性表示食品制度ができて、生鮮食品にも機能性表示が可能となりました。野菜の研究に携わっている農研機構としては、生鮮類の機能性表示食品を多く出していきたいと考えています。それなので、ネギに関しても免疫の活性化や維持のような表示をしたいと思っていましたが、当初は免疫の機能性表示に関しては難しいところがありました。現在は、一部の乳酸菌などで免疫に関する表示が認められていますが、ネギ粘液の場合はそれとはメカニズムが異なっており、その理論とデータを確立し、克服しなければなりません。
日本の機能性研究で、初期の頃から免疫を手掛けたものとして、誤りなく認識していただき、ご活用いただく方向に導かないといけないと使命感を覚えています。
ーー長年、免疫の研究に携わっている先生の研究の集大成になりそうですね。将来的な活用の可能性ということでお聞きしたいのですが、先生のご研究が、農業・食品産業にどのような貢献をもたらすと期待されていますか?
上田:大きなことを言うと、本来は、意識しなくても日常的に食事をしている中で、機能性成分を摂取して健康維持ができれば理想だと思うんです。毎日食べる生鮮食品が、栄養や美味しさだけでなく、体にとって良い働きをしている。そういうことを解明して国民に周知して利用していただきたいです。そのためにエビデンスをしっかり取って、機能性表示食品制度に則って新たな食品を開発して、皆様に利用していただくことに貢献したいですね。
ーーありがとうございます。最後に、若い研究者へのメッセージをお願いします。
上田:自分がこれまでやってきたことに照らし合わせると、 専門性を追求して1つの道を極めていくというのもいいけれど、幅広く対応できるように準備をしておいた方がいいかなと思います。
先ほど申しましたように、私は薬学からスタートしたのですが、薬学の知識を取り入れてそれを食品に広げてきました。そして、それを農学にも移しています。
一時は機能性とは関係ないDNAマーカーの研究を行いましたし、現在は、病害虫や花きの研究にも関わっています。他にも、日本食品標準成分表の野菜と嗜好飲料を担当していますが、そういった対応が出来ているのは、幅広く興味を持って色んな分野の仕事をしてきたからだと自負しています。
自分の専門外だから出来ないと言っていたら、与えられた仕事が成り立たないですからね。振り返って考えてみると、広い視野を持っておくっていうのも重要かなと思います。