ヤサイビト_髙橋先生と後藤先生

宇宙での農業は実現するのか!?千葉大学の宇宙園芸研究センターの研究は、宇宙だけではなく地球の課題にも応用できる!

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宇宙に思いを馳せたことは、誰しも一度はあるかもしれません。

人類が、地球を飛び出し、他の惑星に居住する。
そんな映画を見て、ワクワクした記憶は私にもあります。

NASAが提案している「アルテミス計画」では、月面での持続的な駐留を確立し、民間企業が月面経済を構築するための基盤を築き、最終的には人類を火星に送るという長期的目標があるそうです。

人が月面に持続的に駐留するとなったら、コスト的にも現地での食料生産を視野に入れることになります。

「宇宙での農業」は、実現するのか?

この、考えるだけでワクワクする研究を行っている千葉大学の宇宙園芸研究センターの髙橋 秀幸特任教授と後藤 英司教授に、宇宙での食料生産についてお話を伺ってきました!

髙橋先生と後藤先生

髙橋 秀幸(たはかし ひでゆき)
千葉大学 園芸学研究院 宇宙園芸研究センター センター長(特任教授)

山形大学農学部園芸学科を卒業、同大学院農学研究科(修士課程)、東北大学大学院農学研究科(博士後期課程)を修了。その後、米国Wake Forest大学の博士研究員として、及びNorth Carolina大学Chapel Hill校の客員研究員として、米国航空宇宙局 (NASA) による重力宇宙生物学研究プログラムに参加。東北大学農学研究所、同遺伝生態研究センター、同大学院生命科学研究科を経て、2023年1月より現職。

後藤 英司(ごとう えいじ)
千葉大学 園芸学研究院 宇宙園芸研究センター 高効率生産技術研究部門 部門長(教授)

東京大学農学部農業工学科を卒業、同大学大学院農学系研究科(修士課程)修了、同大学大学院農学系研究科(博士課程)中退。その後、東京大学農学部助手、同大学院助教授。千葉大学助教授、同大学教授。同大学院園芸学研究院教授。2023年1月より現職(兼任)。

千葉大学 園芸学研究院附属 宇宙園芸研究センター公式HP https://www.space-chiba-u.jp/

「宇宙園芸センター」は、学祭的なアプローチで宇宙での農産物生産に貢献する!

髙橋:宇宙園芸研究センターは、千葉大学園芸学研究院の付属施設として、2023年1月に発足しました。メンバーの半分以上は園芸学研究院の教員から構成されていますが、千葉大学全学的に取り組もうということで、他の部局、例えば工学研究院からはドローンなどのセンサー関連の研究者、ゼロエミッション関連の研究者などにもご参画いただいています。

他にも、千葉大学付属の環境健康フィールド科学センターや、医学、薬学、理学、看護学などの各学部局の研究者にも参加していただき、大学の中で部局横断的な体制で運営しています。宇宙開発には色々な課題がありますので、学際的なアプローチが必要なプロジェクトに貢献できると考えています。

髙橋:センターには、三つの研究部門があります。一つ目は、宇宙環境に対する植物の応答メカニズムの解析と宇宙品種・育種技術の開発を行う「宇宙園芸育種研究部門」。二つ目は、低重力・低圧環境下における植物の環境制御、栽培技術遠隔操作及び自動化を研究する「高効率生産技術研究部門」です。そして最後に、宇宙ではごみを出せないし、資源循環型の農業でなければ成り立たないので、有機物利用などゼロエミッション技術の開発と物質循環システムの最適化の研究を行う「ゼロエミッション技術研究部門」があります。

この三つの部門が密接に関わり、学外の研究機関とも連携して、人類が宇宙で安全かつ持続的に活動、生活するための物質循環型の宇宙食料生産システムの研究開発を行うということと、そのための人材育成を行うことを目指しています

ヤサイビト_千葉大学 園芸学研究院 宇宙園芸研究センター

髙橋:いや、そうでもないですよ。例えば、植物工場の研究は大学だけでなく民間企業でも実施されていますし、いくつかの大学では宇宙という名を冠してはいないかもしれませんが、取り組んでいる研究室もあります。

現在、宇宙開発に関する研究が進んでいますが、宇宙に長期間滞在する、居住するとなった時、地球から食料をすべて持って行くのは、持続不可能なレベルのコストになってしまいます。食料は、その場で生産して消費するシステムを作る必要があるんですね。

宇宙環境で植物を生産するのにどういうシステムが適しているかというと、人工光を使った植物工場が一番の候補と考えられています。ただ、地球の植物工場をそのまま宇宙に持っていけば済むという訳ではありません。地球とは違う環境で、どういう品種を作るか。今とは比較にならないほどの高効率な生産を目指さないといけないですし、閉鎖系空間なので、物質循環という点で空気、水はもちろん食料残渣、廃棄物、排泄物なども回収して肥料としての再利用など、色々研究しないといけないことがあり、様々な機関で研究されています。

髙橋:もちろんです。研究者レベルでJAXAの月面農場に関するワーキンググループや、その他の色々なプロジェクトにも参加しています。

髙橋:実は、まだ専用の実験施設はないんですよ。今は、従来からある月面を想定した植物工場研究を実施する施設や園芸学研究院の実験設備を使って研究を進めています。でも、令和6年度の予算で、松戸キャンパスと柏の葉キャンパスの実験棟に設備を導入をする予定なんです。
その際に、無重力・低重力の状態を再現するような装置も設置される予定です。

あとは、低圧での栽培研究用の施設ですね。月面で植物を栽培するのに想定している栽培空間は、低圧になる予定なんですよ。人が住む空間は地球と同じ1気圧としても、植物を栽培する空間は1気圧にする必要が無く、できるだけ空気の漏れをなくするために低圧にする方が、管理が楽でコストも抑えられます。来年は、地球の1/6の月面の重力と低圧を組み合わせた実験施設を導入することも検討しています。

植物は、宇宙環境で本当に受粉、受精し、結実するのか?たゆまない研究は続く

髙橋:今、研究している内容は多岐に渡っていて、全部をお話しするのは難しいのですが、三つの部門の代表的なテーマを紹介します。

宇宙園芸育種部門については、宇宙環境が植物の生育にどのような影響を与えるかという研究をしています。並行して、宇宙では地球のように多くの種類の植物を育てることは出来ません。限られた種類の中で、人が生きていくために必要な栄養成分も賄う必要があるので、人にとって有用な機能性成分を多く作らせる品種の開発なども行っています。

髙橋:植物は地球の重力に適応して進化してきました。非常に安定したシグナルとして、重力を利用するようになったんですよね。種子が上と下を見分けられれば、下に根っこを伸ばせば水や栄養分がある。それから、上に伸びれば光や二酸化炭素を取り込んで光合成できる。このように植物が種子から発芽して生育するとき、根が水に向かう性質と重力に応答する性質、光に反応する性質などがあり、区別しにくいんです。これらの植物の性質を詳しく調べて、地球環境と同じように生育する研究も進めています。

ヤサイビト__宇宙でのいちごの栽培

髙橋:先ほどお話したように、高効率生産技術部門では低圧環境下でも効率よく生産できるような研究をしています。加えて、光環境(光量や波長)で栄養成分がどう変わるかなどの研究も進めています。宇宙では空気の対流がなくなるので、植物工場内でどのような気流を発生させるとガス交換や光合成が促進されて、効率的な生産ができるのか、などについても調べています。

髙橋:受粉は、確かに問題ですね。自然界では重力、風、昆虫などのお陰で受粉出来ていますが、宇宙ではそのどれもがありません。そのため、受粉用のロボットについて研究しています。

最後に、ゼロエミッション技術部門では、資源循環についての研究を進めているのですが、例えば植物工場で発生した植物残渣を集めてそれを分解し肥料にして、それだけを使用して栽培できるかどうかの研究をしています。

これら3つの部門の研究は独立して行っているわけではなく、密接に連携して行っています。新たに開発した宇宙用品種を植物工場で効率的に生産し、それを閉鎖系の宇宙で物質循環させつつサステナブルに運用していくことが求められますからね。それに、ISSなどの宇宙ステーションの環境、月面の環境、火星の環境などはすべて条件が異なりますので、それぞれの環境に合うような農産物の生育条件を検討する必要があります。

髙橋:あと問題になっているのは、生殖成長なんですよ。発芽についての研究は進んでいますが、宇宙で本当に受粉、受精して実が結実するのかというのは、ロシアの最初の宇宙ステーションであるサリュートや、その後のミールでもずっと研究されてきました

今はISSで長期間の実験が出来るようになっていますが、最初は大抵失敗するんですよ。例えばミールの中でロシアやアメリカが小麦を栽培してみたら、上手く結実しなかったんです。原因は、どうやらCO2濃度やエチレンの影響だったんです。そこで、エチレンを除去してCO2濃度を高めると結実するようになった、と。この場合は、空気の対流を制御していなかったことが、ガス交換に影響を与えたということです。

先ほどもお話ししたように、空気の対流を制御しないとダメだということがわかったんですね。今の宇宙用の栽培装置は、対流などの制御も可能になって比較的上手く栽培できるようになっているんですが、それでも植物の種類によって最適な制御パターンは異なりますし、生殖についてはこれからの課題だと思っています。

人が宇宙で生きていくために、「何が育つか?」よりも「どんな野菜を育てていくか?」に焦点を当てる

後藤:「どのような野菜が栽培に向いているか」という視点ではなく、「宇宙で人が生きていくために、どのような野菜を栽培するべきか」という観点から研究を進めています。

自給する場合に重要なのは、栄養の問題、食べ慣れたものであるかどうか。それから、限られたスペースの中で栽培するため、生産効率が高い作物であるという点は重要なポイントです

今のところ宇宙で栽培する候補作物としては、イネ、ダイズ、じゃがいも、さつまいも、トマト、きゅうり、レタス、そして、いちごの8種類について研究しています。この組み合わせで栄養的に充足できるか?ということもシミュレーションしています。

加えて、これらの作物だけを食べて長期間過ごす必要がありますから、飽きの来ないメニュー開発なども重要になってきます。我々は日本人向けに研究を進めていますが、国が違えば育てる作物も異なってくると思います。

ヤサイビト_宇宙で野菜は育つのか

後藤:根粒菌と共生するような栽培方法は、今のところ考えていません。根粒菌がいなくても、マメ科植物は窒素肥料をあげれば、普通に根から吸収して育ってくれるんですよ。先ほど低圧環境で生育すると話しましたが、宇宙では、地球と比較して空気中の窒素を大きく減らした環境で栽培することを想定しているので、そもそも根粒菌がいても窒素固定の効果が殆どなくなります。

いずれにしても、植物工場のように厳格な管理が必要な場所では、微生物のコントロールは大変ということもあります。あとは、物質循環を考えた時に考慮するパラメータが減るので、計算しやすくなりますしね。

(※)マメ科植物の根っこには根粒(こんりゅう)と呼ばれる器官があり、この中にバクテリアの一種である根粒菌という土壌微生物が住む。根粒菌は、「窒素固定」と呼ばれる大気中の窒素をアンモニアに変換し、植物の生育に欠かせない窒素を供給する働きをしている。

後藤:じゃがいもは、条件をきちんと整えてやれば水耕栽培できます。小さい芋が水面の上の方にぽこぽこたくさんできますが、形が悪く、見た目はあまり美味しそうではないです。生産性としては、畑で栽培するよりも収量が多いくらいです。加工して食べれば見た目は関係ないですが、じゃがバターのように丸ごと食べるのには向いていないですね。

一方、さつまいものような根菜は、水耕栽培だと大きくならないんです。水耕栽培用のロックウールを使っても、細根が増えるけども主根は大きくならないですし。現在の研究成果から見ると、人工的な土を使って栽培する方向です。水分や基礎空気層のコントロールができる間隙がある、土のような素材を検討しています。

ロックウールでの栽培

宇宙での食料生産の研究が、地球の課題にも貢献する可能性

髙橋:これは宇宙開発の実情に合わせて実現していかないといけないわけですが、NASAが提案している「アルテミス計画」というのがありますので、それに合わせて宇宙での食料生産システムを構築していく必要があります。

まずは、有人月面着陸、その後は、ゲートウェイ(月周回有人拠点)計画などを実現させて月に物資を運び、月面拠点を建設、そして、月での人類の持続的な活動をめざす計画になっています。2030年代後半には、100人~1000人規模の人が月に居住するような想定をしたシステムを考えておく必要があると思っています。

髙橋:もちろん、いきなりこの規模の食料生産は無理ですから、最初に4人程度居住するようになったら、一部の食料は現地で作りましょうというところから取り組みが始まっていくのではないでしょうか。

いずれにしても、居住者が増えていくほど地球から食料を持って行くよりも現地で作る方がコスト的に有利になるという時期が来ますからね。その頃には、空気の再生システムなども全部出来ているでしょうから、それに食料生産のシステムを乗せたらコスト的に見合ってくるでしょうね。

髙橋:一つ目は、植物工場のシステムに関することです。例えば、環境制御やロボット化に関する研究などです。現場で人が作業しなくても、全てリモートでできるようになってきています。加えて、植物工場の資源循環・ゼロエミッションに関する技術ですね。特に、砂漠に近い乾燥地では畑に水をまいても殆ど蒸発してしまうので水資源的に成り立ちませんが、植物工場を建てて、水を循環させるシステムにすれば栽培が可能になります。

今後、温暖化などの異常気象が進展した場合には、こういった植物工場システムの方が向いている地域が増えていくかもしれません。太陽光発電のような再生可能エネルギーと組み合わせることで、コスト的にもSDGs的にも優位性があるのです。これらは、研究成果がすぐにフィードバックできる事例ですね。

二つ目は、機能性成分のコントロールに関してです。環境制御でどう変化するか、あるいは、遺伝子組換えやゲノム編集などで誕生した新品種は、地球でも有用な品種となるかもしれません。後藤教授の共同研究で、コレラワクチンを組み込んだお米の開発を進めているので、途上国などワクチン接種が保健システムに組み込まれていない地域などで貢献できる可能性があります。

三つ目は、建物内での栽培研究の技術については、都市やビルの緑化などにも応用できると考えています。

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