ヤサイビト_東京大学三坂先生

食品の美味しさ研究の専門家に、「もっと野菜を食べるためのヒント」を聞いてみた!東京大学・三坂 巧先生

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“健康のためには、野菜を食べた方がよい。”
頻繁に耳にすることですし、私たちは小さな頃からそのような教育を受ける機会があります。しかし、実際に日本人の野菜の摂取量は目標とする値には届いていないのが現状です。

健康のためだけでなく、美味しいから野菜を食べる方が動機として長続きするのでは、という思いから、”美味しさ研究の専門家”東京大学の三坂巧先生にお話を伺いました!

東京大学三坂巧先生1

プロフィール
三坂 巧(みさか たくみ)
東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室  准教授

研究テーマは、食品の「味」について、受容・伝達・認識の分子機構を解明し、「美味しい」と知覚する過程の全体像を理解すること。農芸化学奨励賞(2010)、三島海雲学術賞(2012)、特別研究員等審査会専門委員表彰(2013)などを受賞。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biofunc/index.html

「ここならNo.1になれる」美味しさの魅力に惹かれ、研究者の道へ

ーー三坂先生は、食品の美味しさに関して「美味しいと知覚する過程の全体像を分子レベルで解明する」研究に取り組まれていると伺っています。食品の「美味しさ」に関わる研究を志すことになったきっかけがあったら、教えてください。

私は、兵庫県で生まれ、幼稚園の時に千葉に引っ越しました。それが、年度の途中のタイミングで、幼稚園に入れなかったんです。しばらくずっと家にいたのですが、いかんせん暇だったのでテレビをよく見ていて、特に好きだったのが「キユーピー3分クッキング」でした。「30分経ったものがこれですよ」と、ポンっと出てくるシーンが魔法みたいで、とても好きでした。それが食に興味を持ち始めた最初の記憶ですね。

中学1年生の時、大学について調べていて、食品の研究が大学で実施されていることを初めて知りました。「食品って、実は奥深いんだな」と思い、食品を扱える農学部を志すことにしたのです。4年生になって研究室に入ってからは、食べ物そのものというよりは、機能性成分の研究をやってきました。

卒業後は食品関係の企業に就職し、美味しさというのは作る側から見てもすごく大切で、研究しがいのある領域だなというのを感じました。いくつかの事情で会社を2年で退職し、大学に戻って研究者になることを決めました。その会社に居たときには、生産現場や管理業務など多くを学ばせてもらい、今につながる財産になっています。

どの分野の研究をするか?を考えた時、食品の機能性や調理関連の研究などはライバルが多いのですが、美味しさの知覚を科学的に解明する領域は、当時、研究者が少ないことに気がついて。「ここならNo.1になれる」という思いで取り組み始めました

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ーーなるほど…! 先生は農学部のご所属ですが、他にも、味覚に関する研究をされている研究者の方は、どのような分野に多いのでしょうか?

世界的に見て、味覚に関連した研究者が多いのは歯学部関連ですね。味覚がどうやって伝わって、それが生物にとってどんな意義を持つか、といった視点から研究されており、味細胞の発生や分化、神経系とのつながりなどを、ヒトではなくマウスなどのモデル動物を使って見ている例が多いですね。
一方で、私は、人間のセンサーがどんな機能をするのか、どんな働きをしていてどんなものを美味しいと感じるのか?ということを解明するのが大事なのではないかと思っています。とりわけ、口の中にある味覚受容体がどのような働きするかを理解することで、より美味しいものを作れるようになるのではないかと。

私の所属する農学部では、食べ物そのものの研究、例えば、味覚に影響する成分の分析等をされている研究者は多いですね。家政学部で研究されている方も多いですが、ざっくりと分けてみると、家庭やレストランでの調理で美味しく作るということを対象にしていて、工業的に大規模に加工することについては農学部、という住みわけでしょうか。

食事を前に、「一緒に楽しく食べましょう」ができるのは人間だけ

ーー同じ味覚でも、学部によって研究内容が異なるのは面白いですね!美味しさ研究の専門家である三坂先生に、ヒトの味覚と嗜好性はどのように関わっているのかお聞きしたいです。

味覚と嗜好性は、本能や経験、学習が影響しています。例えば、生物として生きるのに必要な栄養素であるミネラルや、エネルギーになるような炭水化物、脂質、たんぱく質などは「美味しい」と感じます

一方で、苦みについては、体に良くない成分だから苦みとして感じるという部分はあります。ただ、人間の苦みに関する知覚は、進化の過程でかなり感度が鈍くなっているんです。人間の苦み感覚は、実は、毒物を検出するためのセンサーとしての役割には十分ではありません。食べ物に毒物が入っていたとしても、致死量レベルまで存在しないと苦いと感じないのです。

食品では、苦みは価値にもなっていますよね。チョコレート、コーヒー、ビール、赤ワインなど、苦みや渋味のあるものが古くから高値で取引されてきました。ただ、苦ければ何でもいいという訳ではなくて、美味しい苦みと美味しくない苦みがあり、その違いは何なのかというのはしばしば話題になります。美味しい苦みというのは、その物質だけではなく、その他の成分とのバランスで成り立っています。

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ーー確かに、コーヒーやビールの苦味は美味しいと感じますよね。一方で、子供の頃は、ピーマンのようにちょっとでも苦いものは受け付けなかった記憶があります。

そうですね。私も子供の頃は「ピーマン苦いな」と思ってました。子供の苦みの閾値の許容度はすごく狭いからなのです。味に加えて、香りや食感などの経験不足も影響しているんじゃないかと思います。

ネットなどによく、「大人になってから苦いものが食べれるようになるのは、味覚の感度が下がっているからだ」みたいな話が載っていたりしますが、大人になっても味覚の感受性が大きく低下するということはあまりないんです。閾値を調べてみると、それほど変わりません。大人は様々な食経験を積んでいるので、許容度の幅が広がっているのです。激辛の食べ物も、辛くないと思っているわけでは無くて、辛いけど美味しいと思って食べていますからね。

ーーなるほど…!幼少期の食の多様性と味覚の発達には関係があるということでしょうか?

基本的に、子供たちは自分で食べるものを選択しているわけではなく、親が出したものを食べるしかありません。いろいろな食事を食べさせる方が、嫌いなものが減る可能性は高いですね。一般的には、楽しく会話しながら過ごした時に食べていたものは好きになる可能性が高いので、親が食べ残しに対して怒って無理やり食べさせたりすると、逆効果になることもあるかもしれませんね。

ーー親が忙しくて個食になりがちなご家庭も多いと思いますが、家族揃って楽しく食卓を囲むというのは、やはり大切なことなのですね。

そもそも、目の前に食事があって「それをみんなで分け合いましょう」というのは、生物の世界では珍しいです。猿だって、エサを奪い合って食べます。食事を目の前にして、仲良く話をしながら食べましょうという生物は、人間だけです。ご飯を作って提供するのが仕事になるなんて、他の生物では絶対あり得ないんですよ。

繰り返しになりますが、一緒に会話をしながら食事を楽しむということが、人間にとってはすごく価値のあることです。楽しむことが社会的なイベントになっているのは、人間が人間として生きてる証であり、人間のみに許される文化的な営みじゃないかなと。そういう意味で、まだ科学的根拠はないのですが、子供にいろんなものを食べる経験をさせることは、将来に向けて非常に大事なことだと思っています。

子どもの食事風景

日本の食を守るために、野菜の美味しさを伝える活動を

ーー先生は、味覚受容体の研究をされていますね。研究が進化することで、新たな食品開発につながるとか、食品開発の手法が変わるとか、そういった可能性はありますか?

研究が進むと、人間が口で感じなくても味の計測ができるようになっていくでしょう。味のデザインをする時、何をどれだけ加えるかというのを人間が味見をしなくても決めることができるようになると、新商品の設計が容易になります。

つまり、人間が美味しく感じる食品を生産するための技術基盤という意味で、我々の研究は有用だと思っています。工業的にいうと、工場で毎日同じ味を作りたい時、味のレベルがある程度の範囲に収まっているかどうかを味覚センサーの測定によって管理できれば、品質保証にも有用です。人間の味覚に頼ると、どうしてもその人の体調や心理状態によってぶれてしまう部分があるのですが、味覚センサーならば一定に保つことができます。
さらに、自分が美味しいと感じたものとの類似性が高いか低いかを判断するための指標としても、使えるかもしれません。例えば、味に関する自分のストライクゾーンを探すための一つの指標としてアプリと組み合わせて使うとか。

食品の風味が味覚センサーによって数値化出来ていたら、数値を見て好みの食品と比較することで、初めて食べるものでも食べる前に好みかどうかが分かるんじゃないかなと思ったりしています。そうすれば、「食べてみたら美味しくなかった」という後悔をしないで済みますよね。車は買う前に試乗できるけど、食品の新商品は試食せずにCMを見ただけで買わなければならないですからね。

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ーーそれはワクワクしますね!これから、先生の研究されている分野を生かして、実現したい理想的な社会について教えてください。

理想の食生活というのがあるとして、それとはかけ離れている人が余りにも多いのが現実です。誰とも会話せずに個食をするとか、美味しいものを探そうとしないとか、そもそも何を食べたらいいのかわからないとか、栄養だけで食品を選ぶとか…。一日の栄養成分を充足できるゼリーがあればうれしいと思う人も、一定数いらっしゃるんですよ。ご飯を自分で作るかどうかは別にして、誰か人が作ったものを美味しく食べるという人間らしい食事のスタイルを大切にする社会であって欲しいですね。

あとは、日本人はもう少し食にお金をかけるべきだと思っています。海外では、ランチに2,500円くらいかかってしまうのが常識の時代です。日本人は、高いものは美味しくて安全性も担保されていて、安いものは味も安全性もそれなりでもいいや、とは思わないんですよね。すべてのものが安全で当たり前で、安くても美味しいものが売られているべきだという価値観が主流です。一般の人が求めるレベルを満たそうと思ったら、一食500円では今の時代もう無理で、1000円以上のレベルでお金を出していかないと。そうでないと、自分たちのこともそうですが、お店のことも守れませんよね。

なぜこんなことを言うかというと、あと10年もしたら、世界の中で日本がどう食料を確保するのか?という問題が起きてくるからです。

ーー日本の食を守るために、大切なことですよね。最後に、野菜科学研究会に期待する一言をお願いします。

健康とか栄養とか関係なく、野菜は美味しいと思うんですよ。苦い野菜もあるけど、そういう味を楽しむという意味でも、野菜の魅力に気づいてほしいという思いはあります。
野菜の魅力について情報発信するだけでなく、具体的な行動として、子供たちの野菜嫌いをなくすような、野菜は美味しいんだよいうことを伝えるような行動、活動をして欲しいなと思います。

小さな規模かもしれませんが、それを広げていく、回数をこなしていくことには絶対意味があると思います。野菜は美味しいよ、と伝える活動がずっと続くように願っています。



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