ヤサイビト_東京農業大学山本祐司先生

「未来の子どもたちが健やかに過ごせる社会を作るために」高たんぱく米の開発に挑む!東京農業大学・山本 祐司先生

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“2030年、フードクライシス”

世界の人口は、現在約78億人。国連の調査によると、2030年には約85億人、2050年にはおよそ100億人に到達すると言われています。

人口の増加、そして、欧米化や肉食化といった世界的な食生活の変化や気候変動などにより、食品の需要と供給のバランスが崩れ、食料生産が追いつかない事態が予測されています。

2030年も2050年も、もはや、すぐそこの未来です。
未来の子どもたちが、食べ物に困ることのない社会を作るために。

今、私たちが知っておくべきこと、そして明るい未来へのシナリオを描くためにできることについて、東京農業大学の山本 祐司先生にお話を伺いました!

東京農業大学副学長 山本 祐司先生

プロフィール

山本 祐司(やまもと ゆうじ)
東京農業大学 応用生物科学部農芸化学科 東京農業大学副学長/総合研究所所長/教授
​​研究テーマは玄米の新規機能性の解析。
研究室URL:https://www.nodai.ac.jp/academics/app/app/lab/606/

「玄米を食べても痩せないけれど、太ることもない」研究の末たどり着いた食品の力

ーーはじめに、先生の専門である栄養学分野に興味を持ったきっかけについて教えてください。

私は、1980年代に学生時代を過ごしているのですが、大学3年生から研究室に配属されていました。その頃の研究トレンドは、微生物を使った遺伝子組み替えが盛んで、いわゆるバイオテクノロジーが日本でも流行り始めた時でした。

栄養生化学研究室にいましたが、研究室の先生が語る栄養学の話が非常に面白かったんです。それで、体の中で起きている栄養素の代謝などにすごく興味を持ち、栄養学の方に進みました。確かその頃にEPA(エイコサペンタエン酸)※を初めて知りました。EPAの機能性が明らかになり始めた頃で、結構衝撃的でしたね。

※EPA(エイコサペンタエン酸)=主に青魚の油に多く含まれ、体内でほとんど作ることができない「必須脂肪酸」の一種。

玄米

ーーなるほど…!現在の先生の研究テーマは、「玄米の機能性解明」と伺っています。数多くある食品の中から「玄米」を研究対象に選んだ理由があれば、教えてください。

東京農業大学元学長の高野先生が、お米の加工食品の製造・販売をされているアルファー食品さまと一緒に研究をされていたんです。当時は、世間では「お米を食べると太る」とよく言われていて、本当に太るのかどうか実験して調べてくれないかということで、研究がスタートしました。

研究では、過食をするように遺伝子を変異させたラットに玄米と白米を食べさせました。炭水化物をコーンスターチからお米に置き換え、後の栄養素は全部一緒のエサで100日間育てるんです。そうすると、遺伝子変異の無いラットと比べると、やっぱり過食するので太るんですよね。しかし、遺伝子変異させたラット同士で比較すると、通常のエサ、白米に置き換えたエサ、玄米に置き換えたエサでは、最終的に体重に差はありませんでした

つまり、結論としては、お米が太りやすいということでは無くて、何を食べても食べ過ぎると太るということなのです。残念ながら、玄米だから太りにくいということは無く、内臓脂肪、皮下脂肪の量も他のエサの場合と変わりませんでした。

この実験では過食のため、ラットは脂肪肝になるんです。ところが、白米と玄米を与えたラットは脂肪肝が抑制されているんです。最初は、何も結果が出なくてどうしようと思っていたのですが、脂肪肝が抑制されているのを発見した時は、衝撃でした。解剖時には、どのラットかわからない状態で解剖するのですが、肝臓の見た目でどの群のラットかわかってしまうんです。通常のエサを食べたラットは、肝臓が白くていわゆるフォアグラのようになっているんですが、玄米を食べたラットの肝臓は赤いまま。これはすごい!ということで、玄米に興味を持ったというのがきっかけです。

面白いのは、脂肪肝とレチノイン酸(ビタミンA誘導体)の関係です。レチノイン酸は、核内受容体に結合することで細胞の分化や増殖を制御する働きがあるんですが、脂肪肝になったラットは減っていたんです。エサのビタミンAの量はどの群のラットでも変わらないので、不思議でした。そこで論文を色々調べてみたら、脂肪肝になるとビタミンの代謝が滞ってしまうので、潜在的なビタミンA欠乏になりますと書かれているものがたくさん出てきたんです。ところが、白米や玄米を与えたラットは、エサの中にビタミンAが多いわけでもないのにレチノイン酸の量が減らない。

玄米を食べていると、レチノイン酸の代謝酵素の働きが活性化されることによって合成量が復活し、更にそれに関わる遺伝子の発現が上がって、最終的に脂肪肝になるのを抑制しているということがわかりました。

東京農業大学山本祐司先生1

これまでは、「機能性成分が体内で吸収されて直接効果を発揮する」という研究が多かったのですが、”風が吹けば桶屋が儲かる”のように、色々なステップを踏んで効果を発揮しているのが分かり、さらに興味を持ちました。単純に、エサにビタミンAを添加したとしてもこれほど綺麗なデータは出ません。また、ビタミンAは大量に摂取すると過剰症があることが知られていますが、直接摂取するよりも副作用は少ないと考えられます。そこが食品の良いところですね。

実は、白米でもコーンスターチよりは効果があるんです。白米と玄米で同じように入っている栄養素は、実はたんぱく質なんですね。それなので、お米に含まれているたんぱく質にも、何かそういった効果があるのではないかということも考えています。別の実験で、米のたんぱく質を高脂肪食に混ぜてラットに与えた時には、体重増加を抑えられていることがわかりました。たんぱく質は分解してペプチドやアミノ酸にしたのですが、脂質の糞中への排泄量が増えていたことから、消化酵素や脂質代謝に何か影響しているのではないかと考えて、今、その原因成分を探している所です。

取材などの際に、「玄米を食べると痩せるんですか?」と聞かれたことが何度かありますが、残念ながら痩せないんです。でも、太らない、脂肪肝にならないというのは重要なポイントです。

脂肪肝抑制、コレステロール低下、美肌まで!?玄米の可能性に迫る

ーー玄米は、風味や食感が食べにくいと言われることが多いですが、どうしてなのでしょうか。

原因の1つ目としては、食物繊維がたくさん入っているからです。食物繊維が食感の悪さに繋がっています。2つ目は、たんぱく量もそこそこ入っているので、食感がボソボソして、風味に影響を与えていますね。3つ目としては、ぬか特有の匂いです。好きな人は好きですが、独特な匂いではありますよね。でも、これは慣れもあるかもしれません。最近の炊飯器には「玄米炊きモード」があるので、ちょっと長めに炊くようにすると美味しく出来ます。僕も、玄米を食べ続けることで美味しく感じられるようになりましたが、時々白米を食べると、やっぱり美味しいなと思いますよね(笑)

ーー白米や小麦と比べた時の、玄米の栄養的な特徴について教えてください。

まず、玄米は食物繊維とたんぱく質が多く含まれるという特徴があります。次に、ビタミンですね。水溶性ビタミンのビタミンB1、B2、ナイアシンも多く含まれています。マグネシウム、カルシウム、鉄といったミネラルも多いですね。玄米には、こういった栄養素がたくさん含まれているのに、白米にする時には全部削られてしまっているんです。
玄米は、小麦と比較するとたんぱく質の質がいいんです。小麦のアミノ酸スコアが44ぐらいで、お米が65です。

ーー玄米の機能性について、脂肪肝抑制効果以外で、先生が実施された研究について教えてください。

まず、玄米のコレステロール低下作用についてですね。コレステロールは、CYP7A1という酵素によって胆汁酸に合成されて、排泄されます。そうすると、肝臓中の胆汁酸は減っていくんですね。玄米には食物繊維が多く含まれているので、胆汁酸の排泄に影響したのだと思いますが、「血中のコレステロール量は下がってくる」というのは我々が見つけました。あとは、先ほどの話の続きになりますが、玄米は脂肪肝を抑制するので、AST、ALTといった肝臓の炎症マーカーの値は下がっていきます。

東京農業大学山本祐司先生2

ーーありがとうございます。この研究は、非アルコール性脂肪肝について調べたものですが、アルコール性の脂肪肝にも何か効果があるのでしょうか?

そうですね、私自身はアルコール性の脂肪肝に対する影響を調べたことは無いですし、そういった研究論文を見たことはないんですけど、一定の効果は期待できるんじゃないかとは思います。アルコール性の脂肪肝でも炎症は起きているので、抑制する可能性は十分あるんじゃないかなと。

ーーぜひ、今後の研究で調べていただけると嬉しいです。玄米を食べている方はまだ少数派だと思うのですが、今後、玄米の摂取量が今より増えた場合に、公衆栄養的な観点から期待できることを教えてください。

やっぱり脂肪肝の抑制による影響がありますね。脂肪肝になると、肝臓がんのリスクが上昇します。従って脂肪肝が減ることで、肝臓がん患者が減れば、当然医療費の削減効果に繋がります。

あとは、先ほどお話ししたレチノイン酸は免疫機能にも効いているんです。もしかすると、肝機能が落ちている人たちに玄米を食べてもらい、レチノイン酸の合成が正常値まで戻っていくことによって、二次的な効果として免疫力が上がるということも期待できるかもしれません。更に、レチノイン酸は美容液にも配合されていて、肌が綺麗になる効果があるので、玄米を食べることによって肌にトラブルを抱えている人にも何か効果が期待できるかもしれないですね。こういった免疫力がアップするかもしれないということについては、興味を持っている所です。

ーーありがとうございます。私たちは「野菜科学研究会」なので、野菜とのコラボということで、玄米と組み合わせるのにおすすめな野菜はありますか?

サラダにするのはいいんじゃないですか。先日、テレビでパプリカに玄米を詰めて、香草を色々入れてオーブンで焼いて食べる方法を紹介していて、この間自分で作ってみたら、結構美味しかったんです。あとは、キヌアのようにサラダの上に載せて食べるのもおすすめですね。先ほどお話したアミノ酸スコアの件ですが、玄米にはリジンが少ないので、アミノ酸スコア95の枝豆と組み合わせると良いでしょう。

玄米は、健康に良いということでアメリカでも食べられていますが、彼らもサラダに載せたり、あとはパエリアみたいにして食べてますね。

2030年フードクライシス、すぐそこの未来の食の安全のために

ーーありがとうございます!先生は機能性米(高たんぱく米)の開発に関わっているという話を伺ったので、そのプロジェクトについて可能な範囲で教えていただけないでしょうか?

これは東京農業大学の中のプロジェクトで、現在3つのチームに分かれて取り組んでいます。3つのチームの役割は、①新規高たんぱく米の育種を担当するチーム ②機能性を研究するチーム ③新しい食べ方を提案するマーケティング的なチームです。

私は機能性を研究するチームを担当しています。この3つのチームが一体になって動いており、米の消費量を上げたり、地域創生に繋がることを目指しています。こういったプロジェクトによって、更に自給率を上昇させることにもなるでしょうし、農業労働人口が減少しているという問題を解決することにも繋がっていくと考えています。

今までは、美味しいお米を作るために低たんぱくなお米の開発が進められてきたわけですが、我々はその逆を走っています。なぜかと言うと、2030年には世界でたんぱく質の必要量と供給量が逆転すると言われているんです。今後も人口はどんどん増加して、たんぱく質の必要量は増えるのに、供給量はそれを賄うことが出来ない。そうすると、たんぱく質の奪い合いになるんですよね。

では、小麦を食べるかと言っても、先ほど述べたようにアミノ酸スコアが低いんです。では、アミノ酸スコアが高い大豆はどうかというと、残念ながら、大豆の生育は日本の気候に合ってないので、需要を賄う分を育てることは難しいんです。また、大規模に収穫しようとしても、今の日本の収穫用コンバインは米用に出来ているので、小麦や大豆用のものを農家が買いなおす必要があるという問題もあります。

他にも課題は色々あって、高たんぱく米は美味しくないんです。だから私たちは、そのたんぱく質を、米ミートにしたいと思っているんです。米のたんぱく質を使った加工食品ですね。そうすると、一気に広がるんじゃないかなと思っています。今はまだ育種の途中ですが、新品種が出来たらすぐに活用できるよう、に今から準備をしています。

ーー今はまだ研究途中ということですが、どのくらいのたんぱく質含量がある品種の開発を目指しているのでしょうか?

高ければ高いほどはいいと思ってはいるんですが、普通の米で大体6%くらい、我々が最終的に目指しているのは、15%位まであげることです。トウモロコシだと12%ぐらいかな。

ーー是非とも実現させてください!先生の専門分野を生かして実現したい理想の社会があれば、教えてください。

未来の子供たちが食べるのに困らない社会を作っていきたいですね。先ほどお話しした2030年のたんぱく質におけるフードクライシスは国連が言っていることですが、我々は今のうちから手を打っていくべきと考えています。2030年はあと7年後、すぐですよ。

「食糧安保」と言われるようになっていますが、そこの課題解決をしっかりとやっていくことが重要だと思っています。このままだと、これから先、食料を巡って戦争が勃発するような気がするんです。食べ物に困らないというのは、平和な社会作りのためには必須だと思っています。それが実現できるように努力していきたいですね。

食育・おにぎりを食べる子ども

ーーその通りですね…!それでは最後に、野菜科研究会に期待することを何か一言いただけますでしょうか。

子どもたちが健やかに生活するために、野菜は間違いなく必要なものです。ビタミンだったりミネラルだったり、野菜は、主食とは違う栄養素を含んでるんですよね。でも、機能性などではなくて、美味しく食べる方法や食育など含めて、野菜科学研究会には社会活動を推進して欲しいですね。
どんなに健康にいいですよと言っても、やっぱり食べようと思わないとダメだと思うので。 未来の子どもたちが食べ物に困らず健やかに過ごすことができる社会を、一緒に作れたらいいなと思っています。

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