ヤサイビト_東京農業大学馬場正先生

ポストハーベスト技術で食品ロス問題に挑む!東京農業大学馬場 正先生

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「世界の食糧問題に貢献したい」
その思いで、日々、ポストハーベスト技術に向き合っている”ヤサイビト”がいます。

世界の人口は増え続けていますが、農産物の栽培面積はそれほど増えないため、人々の食をまかなうために、単位面積当たりの収量を増やす取り組みが行われてきています。しかし、その生産性向上の伸びはペースダウンしています。

そこで、収穫後のロスを1%でも減らすことを目標としてポストハーベスト学の研究を続けられている馬場正先生に、食品ロスを減らすために今、研究されていることや、私たちにできることについてお伺いしました!

東京農業大学馬場 正

プロフィール
馬場 正(ばば ただし)
東京農業大学 農学部農学科 ポストハーベスト学研究室/ 農学部長/教授
研究テーマは、果物、野菜、花の収穫後の品質保持に関する研究。
「ポストハーベスト=農薬ではありません。果物、野菜、花を穫れたてのまま消費者まで届けたい」そんな気持ちで研究に取り組んでいます。
研究室URL https://www.nodai.ac.jp/academics/agri/agri/lab/109/

「残留農薬」だけではない!野菜の可能性を広げるポストハーベスト学

ーー「ポストハーベスト学」が先生のご専門だとお伺いしていますが、ポストハーベストに興味を持たれたきっかけについて教えてください。

ここ、東京農業大学厚木キャンパスができたのは25年前のことです。厚木キャンパスを作る際、「どういう研究室を作ろうか?」と、学内でたくさん議論しました。当時は、腸管出血性大腸菌O-157による食中毒、BSE(牛海綿状脳症)のような動物と人間が共通に感染する病気などが問題になった、食品の安全性が問われる時代でした。大学でも軸足を生産者だけでなく消費者の方にも移していきたいというのがあり、私自身も研究の幅を広げたい思いがあり、今までの蓄積も活かせるしということで作ったのがこの研究室です。消費者と生産者を結びつけるって、非常に魅力的なテーマじゃないですか。

でも、ポストハーベストを専門でやっていたわけではなかったんです。きっかけになったのは、当時所属していた果樹園芸学研究室で、たまたま行く機会があったフィリピン出張でした。現地では、収穫後のロスがすごく大きな問題になっていたんです。フィリピンには、ポストハーベストについて専門的に取り組むポストハーベストセンターがあるんですよ。それを見て、「あっ、これ面白いな」と思ったんです。技術開発、研究もやるけれども、普及させる取り組みもやっていくようなセンターで、それをモデルにしました。

ーーポストハーベストというと、どうしても収穫後の農薬というイメージがあります。どういう内容を扱っている学問か教えていただけますか?

ポストハーベストというのは、収穫後の農作物の品質を保持するために行われるすべての措置のことを指します。農薬の利用もその一部ではありますが、もちろんそれだけではありません。

「ポストハーベスト学研究室」などという名前をつけると、確かにそういうイメージ持たれますね。特に、農業に関わっている皆さんに名刺を渡すと、大体「残留農薬のことをやられているのですか?」と言われるので、それを逆手に取って「いや、違うんですよ」というように、そこから話が弾むきっかけになったりしています。そのイメージを払拭したい思いもあって、あえてこの名前をつけたということもあります。ポストハーベスト学には、例えばチルド保存技術、エチレンガスの除去技術、微生物の制御なども含まれています。

ーーレモンやオレンジに防カビ剤を大量にスプレーで散布している映像をテレビで見たことがあり、すごく印象に残っています。

農薬を全く使わなかったら、輸入されるオレンジなどの柑橘類は半分以上ダメになってしまうんです。適材適所で使っていかないとならないものでもあります。最近は、SDGsについて小中学校で学ぶようになっているので、学生の食品廃棄に対する意識は本当に高くなっていますね。それもあって最近の学生は、ポストハーベストに悪いイメージを持っている子は少ないです。すごく興味を持って、意義を理解して研究室に来てくれます。世界的に見ればポストハーベストは無くてはならない技術で、その技術開発は必要不可欠だと言われていて、日本は立ち遅れていたんです。

ーーそうなんですね。もしポストハーベスト技術が無かったら、野菜の損失はどれくらいになるのでしょうか?

無かった場合の損失についてはわかりませんが、現時点で、ポストハーベスト・ロスは約30%と算出されています。我々は、それを1%でも2%でも減らすことを目標に取り組んでいます。

東京農業大学馬場 正

時代の変化に伴い進化する、ポストハーベスト技術

ーーこれまでに研究されてきたポストハーベスト技術には、どんなものがありますか?

我々の研究室で取り組んでいる技術は、3つあります。
一つはヒートショックです。普通、野菜は低温で保存することで鮮度を保持できるんですが、種類によっては低温で保存すると早く傷んでしまうものもあります。例えば、トマトは冷蔵庫で保存しないですよね。でも、この技術は、野菜を高温で短期間置いておくことで、その後冷蔵保存できるようになるという技術です。

例えばトマトの場合、38℃で3日間置いておくことで低温障害が克服でき、冷蔵可能になり日持ちするようになります。色んな温度で試験してみましたが、38℃がいいですね。ただ、品種によっては高温で処理する最適期間が異なっていて、1日や2日でよいものもあります。このメカニズムは、温度が上がると特定の遺伝子が発現し、低温に耐えられるような物質ができる。恐らく、それが低温耐性を高める要因です。

二つ目は、包装技術です。アクティブMA包装と言って、カット野菜の業界では当然の技術になっています。具体的には、食品を包装する際に窒素や二酸化炭素などのガスを包装内に充填して密封する技術です。今までの常識で言うと、空気よりも酸素は低濃度にして二酸化炭素は高濃度にするのが品質を保持する上で良いとされています。新しい技術として僕が狙っているのは、酸素濃度が20パーセントより上の世界です。

普通、呼吸をして酸素が減っていくので包装内の酸素濃度は、空気より高くなることは絶対ないんですね。酸素濃度20%以上の環境は、生物が経験したことが無い領域なんですよ。

ーー素人的には、酸素濃度が増えると呼吸が活発になりそうな気がします。

ところが、酸素濃度を高めていくと鮮度保持ができるんです。調べてみると、微生物の数が減っていたり、褐変が減ったりするんですね。

ーー酸素濃度を増やすなんて、考えたこともなかったです。逆転の発想ですね。

ただ、このアクティブMA包装技術は、プラスチックを使用するのが前提です。学生の環境意識の高まりとともに、プラスチックへの依存が少ない品質保持技術への渇望が強くなってきました。

その流れの中で、3つ目として、脱プラスチックの技術として世界的な流行になっているのですが、可食性コーティング技術を挙げたいと思います。実は、日本では消費者の拒否反応が強く、これまであまり研究されてこなかったのですが、世界的には主流な技術の一つです。でも、プラスチックを使うくらいなら可食性コーティング剤の方がましだという風に、価値観が変わってきているわけです。それで今、少しずつ取り組んでいる所です。

ーーポストハーベスト技術も、時代背景によって内容が変わってきてるんですね。ポストハーベストは温度を下げたりするのに大量のエネルギーを使用する面もありそうですが、省エネなポストハーベスト技術もあるのでしょうか?

雪ですね。雪国では厄介者扱いされているんですが、雪室をつくって貯蔵に使おうという取り組みがあります。雪室の利点は、0℃より下がることが無いところ。だから、凍らせないで貯蔵したい場合には、とても良い方法だと思います。

ーーポストハーベストによる鮮度保持以外のメリットは、何かありますか?

たとえば、雪下にんじんのように貯蔵することで糖度があがるという効果があります。キャベツも、本当に甘くなりますね。
あとは、クレソンに含まれている機能性成分であるグルコシノレートを保存中に増やそうという研究を進めています。

雪下にんじん

ーー途上国にはインフラなどが整っていない国も多いと思いますが、そういった地域に適したポストハーベスト技術は、どのようなものがあるでしょうか?

先ほど話したヒートショック技術は、有望だと思います。トマトの例では、低温障害を防ぐために使っていましたが、処理する温度帯によっては細菌やカビを減らしたり、刺激によって特定の物質を作ったりするものもあるんです。加えて、エチレンを出しにくくなる品種もあったりするので、ヒートショック技術は大きな可能性があると思います。

生産性の向上の限界、収穫後のロスを減らすことで命を救う!

ーーここまで、ポストハーベストの技術やメリットについて伺ってきましたが、家庭で簡単に実践できるポストハーベスト法は何かありますでしょうか?

まずは、とにかく冷蔵庫に入れるということですね。野菜の種類によっては低温障害がでるものもありますが、ほとんどの野菜は冷蔵庫で保管できます。そして、保管する際に、ポリ袋に入れておくことですね。その際、適当に入れるのではなくて、ポリ袋の口はしっかり閉じることです。

ーー野菜は、種類別に分けてポリ袋に入れる方がいいのでしょうか?

まあ、そこまで気にしなくてもそれほど変わらないでしょう。エチレンガスが発生するのが気になるかもしれませんが、冷蔵庫の中ではほとんど発生しませんから。あと、新聞にくるんだりとかまではしなくても大丈夫です。

ポリ袋に入れた野菜

ーー過剰にしなくても大丈夫ということですね。安心しました。ポストハーベスト学という専門分野を活かして実現したい社会がありましたら、ぜひ教えてください。

私は農学科というところにいますので、中学とか高校の時に学んだ知識として、世界の食糧問題に貢献したいという思いがあるんです。世界の人口はずっと増えているけれど栽培面積はそんなに増えないから、収量を上げていくしかないとずっと言われて育ってきました。やはり、収量を上げていくというのは農学の使命ですね。

これまで、人類は何倍にも生産性を上げてきたわけですが、実は、それがペースダウンしていることは否めない事実だと思うんです。国連が1970年代ぐらいから言っていたことですが、やはり、収穫後のロスを減らすことが大きな目標だと。1%でも2%でもロスを減らせば、どれだけの人間の命が救えるかいうのを意識して研究に取り組んでいます。

農産物の生産そのものにも、当然エネルギーを費やしていますし、水もたくさん使っているし、二酸化炭素だって排出しているわけです。環境に負荷をかけないと食べ物は作れないのに、食べられずに廃棄されるというのは大問題ですよね。それを少しでも減らすという意識を持って僕らは研究に取り組んでるし、そういう意識を国民の皆さんにも持って欲しいと思っています。さきほど述べたように、最近の学生は高い意識持っているので、安心しています。

ーーありがとうございます。最後に、野菜科学研究会に期待することがありましたら、一言お願いします。

私も野菜科学研究会のメンバーとして、ポストハーベストにおける間違った知識の払拭や、食品ロスの問題について気づきを持っていただけるような活動ができればと思っています。
国民の皆さんとの情報共有をする場として、僕らが個人的に発信するだけでなく、いろいろな回路で正しい情報を発信するという役割を野菜科学研究会が果たせれば、本当に有意義なことだと期待しています。

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