ヤサイビト_濱田健吾

農業と養殖業をつなげる画期的な農法「アクアポニックス」の日本の草分け、濱田 健吾さんが見つめる魚と野菜の未来

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「アクアポニックス」という農法を、ご存じでしょうか?

なんともかわいらしいネーミングですが、実は、省力化できて環境負荷も低い、画期的な農法なのです。

「アクアポニックス」は、水産養殖を意味する「Aquaculture」と水耕栽培を意味する「Hydroponics」を合わせた呼び名で、養殖魚と野菜などを同じシステムに組み込んで育てる農業です。

1980年代にアメリカで始まったと言われていますが、近年技術的な進化が進み、既存の農業と比べて優れている点も多いため、世界的な広がりを見せています。

ヤサイビトでは、日本のアクアポニックスの草分け的存在であり、今年10周年を迎えた株式会社アクポニの代表取締役 濱田 健吾さんにスポットを当て、お話を伺いました!

濱田健吾(はまだけんご)/株式会社アクポニ 代表取締役
宮崎県出身。アクアポニックスの普及を目指し、2014年に株式会社アクポニを創業。2017年より渡米し、研究開発に従事。2019年に帰国後、神奈川県藤沢市に自社農園を開設し、テクノロジーやデータを活用した生産実証を開始。アクアポニックス農場の運営と設計施工、導入支援、アクアポニックス・アカデミーの運営等を行っている。趣味は釣り。

魚と野菜を同時に育てる!「アクアポニックス」農法の仕組みに迫る

濱田:
アクアポニックスは、これまで分離されていた農業と養殖業を循環させて繋げたものです。

「循環」がキーワードになっていまして、これまで農業と養殖業は別々に行われていて、それぞれで資源やエネルギーを投入して生産していました。それを繋げることで物質とエネルギーの利用効率を大幅に高めた、循環型の食料生産システムということになります。

わかりやすく説明をすると、金魚鉢で金魚を飼うと、エサの食べ残しや排泄物で水が汚れて、金魚が弱ってしまいますよね。そこで、必ず定期的に水替えをすることになります。実は、この捨てている水は、金魚にとっては汚れた水でも植物からすると栄養豊富な水ということになります。それを捨てずに利用して野菜を育てる、というのが基本的な仕組みです。

当然、養殖も同じくすごく水が汚れるので、常に水替えをしているんです。養殖で魚を育てるためには餌が必要ですが、餌の窒素量を100とすると、実際に魚の成長に寄与してる窒素量は、餌の10~20%位なんですね。つまり、残りの80%位の窒素分は利用されていない。それを水替えの時に捨てているわけなので、もったいないですよね。その窒素分が豊富な水を肥料として野菜を育てることで、より効率的に作る農法なんです。

アクアポニックスによる水耕栽培

濱田:
野菜の必須栄養素は17種類ぐらいあるんですが、魚の餌や糞由来では欠乏するものもあるので、足りない栄養分は後から添加をすることで対応しています。

濱田:
根菜類以外は、色んな野菜を育てられます。葉物野菜やハーブ類が多いのですが、現在68品種育てられることを確認しています。最近では、トマトやいちごも育てられるようになりました。魚は今、6種類ですね。 ここの試験農場では、チョウザメとティラピアを育てています。

アクポニの濱田健吾さん

濱田:
岩魚はできなくはないですが、あまり向いていないですね。というのも、アクアポニックスは養殖と野菜生産を一緒に行う仕組みですが、実はあともう一つ、魚の食べ残した餌と排泄物を分解して植物が利用しやすい状態にしてくれる微生物の働きが重要なんです。この三者が共生して初めて循環が成り立つんです。三者がうまく共生できるような水の安定には、半年ほどかかることもあります。そのため、共生しやすい環境を作る上で、温度は非常に重要です。岩魚は冷たい水を好む魚なので、微生物の働きが悪くなってしまいます。微生物が生育しやすい温度に合わせて、野菜と魚の種類を選ぶのがおすすめです。

濱田:
大体同じ環境で生産することが出来るので、育てる野菜を変えるということはなく、同じ品種を一年で何サイクルも育てるというのが一般的です。水耕栽培なので、連作障害もないですしね。

濱田:
そう思います。アクアポニックスは、施設園芸の中でも比較的楽ですね。作業性が上がりますし、省力化できているので、作業量を減らすことができるし高齢者にも優しいです。圃場で有機栽培をする場合は、栽培計画を組むのがすごく大変だと思います。

濱田:
心配される方は多いのですが、それは全く無いんです。

濱田:
水を入れ替える必要は、ないんです。蒸発したり、野菜が利用して減った分を追加するだけで大丈夫なんです。この試験農場でも、何年も水替えをしたことがないんですよ。

養殖をしているので大量の水を使用しているように見えますが、水の使用量自体も、通常の畑で野菜を作るよりも少なくて済みます。日本は水が豊かな地域なのであまりその恩恵を感じませんが、世界の陸地の約40%は乾燥地帯で、そこに人口の35%が暮らしています。そういう地域でどう食料生産をするかというのは、非常に喫緊の課題なんですよね。節水が出来る農法として、世界的にも期待が高まっています。

アクアポニックスによる水耕栽培

ものすごく環境に優しい循環テクノロジー、アクアポニックス

濱田:
日本大学と共同研究した結果、明らかになったのですが、アクアポニックスで生産された野菜は、含まれる硝酸態窒素が顕著に低いということがわかりました。硝酸態窒素は、肥料を多く与えすぎると野菜の中に蓄積されてしまう成分で、過剰に摂取すると人体に悪影響を与えると言われています。ほかの栄養成分では、ビタミン類が多くなっていることも確認できています。その一方で、カリウムが少なくなるという特徴もあります。

濱田:
アクアポニックスを実行することで、物質の収支がどうなってるのかというのを計算して、アプリで表示できるようにしています。具体的には、3つの指標があって、二酸化炭素、窒素そして水。この3つの利用効率が分かるようになっています。

学術論文として出版されている内容でお話しすると、通常の圃場での野菜栽培と比べて二酸化炭素の発生量が72%、水の使用量については90%抑制できるという報告があります。窒素に至っては、通常の養殖では魚の餌の窒素分の12%しか利用していませんが、アクアポニックスでは廃棄される窒素分の99%が野菜の肥料として利用されます。

濱田:
なぜこれほど削減できるかについて肥料を例にとって話すと、一般的に肥料の原料は家畜の糞や鉱物なんです。それを農業に利用しようとすると、まずトラックに積んで堆肥センターに持っていきます。6か月ぐらいかけて堆肥化して、それをまた集めてパッケージング工場に持って行って、そこで袋詰めされて、それをまた卸や小売店にトラックで運んで、そこから更に農家さんのところに運ぶという流れになります。このように、肥料の輸送と加工の工程で二酸化炭素が大量に発生してしまうのですが、アクアポニックスでは同じ空間内で肥料の循環をして完結していますよね。

私は、アクアポニックスは単なる食料生産システムだとは思っていなくて、循環テクノロジーだと言っています。アクアポニックスを置いたところに循環が起きる、例えば、商業ビルや学校など人が集まる場所、そのエリア内で資源とエネルギーに加えて人の循環が起きてくるんです。さらに、町の中に置くと、町の資源やエネルギーがどういう風に循環するのか、人がどう回遊するのかなどの変化が面白いところです。未来の町づくりや、食料生産の中心になる可能性を秘めています。環境を考えると、消費する人の近くで生産するのが大切だと思いますね。今は、すごく無駄が多いと思います。

農業のバリューチェーンはとても複雑なので、ある1点だけを見て環境に良い・悪いとは中々、判断できないんですよ。全体で見て効果を判断しないといけないので、可視化することがとても大切です。多分、農業分野でこれを可視化しているのは弊社が唯一だと思っています。

アクアポニックス

課題は、ブランド化。適正価格で販売していくために

濱田:
通常の野菜と比べると高く売られていますが、海外はさらに高く売られているので、大きな課題だと思っています。まず、日本においては「アクアポニックス産の野菜」というカテゴリーがないんです。つまり、まだ認知度が低すぎてブランド化されてないということなんです。

アクアポニックス発祥のアメリカだと、一般の野菜と比べると2倍、3倍の値段で売られているんですね。売り場の棚もきちんと分けられていますし、明らかに一般の野菜とは違うものとして、ブランド化されてるんです。一方、日本では全然そこまで至っておらず、消費者の認知もまだ低いですし、お店のバイヤーさんですらアクアポニックス産と言われてもなんのことか理解されていない状況です。今後、より適正な価格で販売するために、海外のようにブランド認知を上げ、価値を伝えることが必要だと思っています。

濱田:
実は、日本では、アクアポニックスでは有機JASは取れないんですよ。有機JASには土で育てるという決まりがあって、水耕栽培のジャンルがないんです。アメリカだと、アクアポニックスでもUSDA (アメリカ合衆国農務省)認証が取れるのですが。

ただ、認証によるブランド化は、今後大きな課題として取り組みたいと思っています。有機JASが取れないのであれば、特色のある優れた農法で作られたものとして特色JASを取ってJASマークをつけられないかということを考えています。それと並行して、独自のアクアポニックス認証を作って訴求していこうということも考えていて、日本アクアポニックス協会という団体を立ち上げて、規格を作ったり、技術の普及をしようとしている所です。

濱田:
環境意識が高い人は、結構いらっしゃるんですよ。消費者側はすごく多様化しつつあるんですが、それに対して生産と流通がまだ追いついてないという風に捉えています。

先ほどアメリカの話をしましたが、あちらではすごく高くても売れているんです。アメリカの個人の消費力が高い上に、野菜に対しても多様性のニーズがあって、地元産や環境負荷が低いんだったらもっとお金を出してもいいよという人が多くいます。そこに対して、生産側も多様化されてるし、それに合わせて流通も多様化してるんですね。

一方、日本の場合、スーパーで野菜を買う方の多くは、安ければ安いほどいい、安全なのは当たり前、年間を通じて品揃えは切らさないでという考えを持っていらっしゃいます。こういう要望がボリュームゾーンになっているので、農家はそれに合わせてものを作っていくし、流通もそうなります。現在の流通に満足できない消費者は、産直ECを利用して有機野菜などを農家から直接買っています。最近、すごく流行っていますよね。消費者個人の要望は多様化しつつあるのに、生産と流通が全然追いついていないんです。

濱田健吾さん

働きやすく、楽しい!アクアポニックスを未来につなげていくために

濱田:
95%以上は、企業で導入されています。ほとんどは、農業と関係ない企業ですね。導入実績の3割ぐらいは、モノづくりをしている企業なんです。

濱田:
自社で元々工場を持っていて、工場から出る未利用資源を活用する目的での導入というケースが多いです。排熱や排ガスの利用、または人材活用ということですね。

他、三割くらいは障害者の方の雇用の場として導入されています。大企業には、障害者の法定雇用率というのがあるので、働き場所として活用していただいています。他に、多くの学校で教育目的としても導入されています。先ほども申し上げたように、アクアポニックスは省力化されていてすごく働きやすいんです。しかも、魚がいるって面白いじゃないですか。アクアポニックス自体にエンタメ性とか癒し効果があって、中で働いている人も楽しいんですよね。循環を感じながら、魚と野菜が育てられる。

濱田:
私は、宮崎県の出身で、実家が魚屋だったんです。それで、小さい頃から魚を釣るのも育てるのも、食べるのも大好きだでした。だから、きっかけは魚なんです。

アクポニを設立するまでは、外資系のIT企業に勤めていました。でも、いつか自然に関わる仕事がしてみたいな思い、色々調べているうちにこういった農法に行き着いて…。自作してベランダで試してみたら、「これホントに面白いな、皆喜んでくれるな」と実感して、仕事にしたんです。

アクアポニックスは、そこに生態系があるので、全体に良い方法でやらないと生態系が崩れることが、感覚的にわかるんです。全体最適で考えないといけないということが自然に学べて、行動が変わる。最初にこれに気づいた時には、感動しました。誰も教えてくれないことを、アクアポニックスから教えられた気がしました。

濱田:
アクアポニックスは、アメリカを始め、海外では循環型の農業として定着しつつあります。日本の政策や社会課題を考えてみても、こういったものが必要だと思っていますし、1つの産業として、これが定着していくだろうと考えています。

そのために、技術的な課題としてはさらに大規模化していくというころと、市場に受け入れられるための課題としては、ブランド化をしていくということ。この2つがアクアポニックスの未来において非常に重要だと考えています。

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