ヤサイビト_宇都宮一典先生

誰もが栄養に関心を持ち、健康で長生きできる社会に。糖尿病専門医、宇都宮一典先生が追い求めるもの

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糖尿病は、厚生労働省の「令和元年 国民健康・栄養調査」によれば、疾患が疑われる人を含めると日本人の5、6人に1人が罹患していると言われています

「生活習慣病」とも呼ばれる糖尿病は、私たち日本人にとって身近な病気と言っても過言ではありません。糖尿病の正しい知識を持っておくことは予防のためにも重要です。

そこで、糖尿病専門医であり、当野菜科学研究会の理事でもある宇都宮先生に、糖尿病について、食生活や野菜の観点からも色々と教えていただきました!

糖尿病専門医 宇都宮一典先生

宇都宮 一典(うつのみや かずのり)

野菜科学研究会理事長
医療法人財団慈生会野村病院常勤顧問/東京慈恵会医科大学名誉教授

医師。2008年~2019年、東京慈恵会医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授。
【所属学会】日本糖尿病学会、日本糖尿病眼学会、日本病態栄養学会、日本動脈硬化学会、日本臨床栄養学会、日本糖尿病合併症学会、日本糖尿病性腎症研究会、アメリカ糖尿病学会
【認定医】日本糖尿病学会認定医・指導医、日本病態栄養学会認定医

恩師との出会いが、「糖尿病専門医」への道を開く

研修医の時、がんの研究をやりたいと思っていたんです。抗がん剤の研究をしようと思い、内科に入局しました。その時に主任教授をなさっていたのが、阿部 正和先生(第8代東京慈恵医大学長)でした。阿部先生は内科に対する幅広い知識をお持ちで、見識も確かで、「こういう先生になりたい」と憧れました。先生のご専門が糖尿病だったので、私も糖尿病をやってみようかと思い立ったのです。

それまではがんのことばかり考えていたのですが、もう一度勉強し直してみると、糖尿病が非常に面白くなりました。学生時代から生化学が好きだったのですが、糖尿病は、生化学の知識が武器になる学問領域なんですよ。それで興味を持ち、これを専門にしようと決心しました。

はい。その頃は、糖尿病性腎症による透析患者の増加が社会的問題になり始めた時期でした。透析が必要になると5年生存率が大体2-3割ぐらいでしたし、透析に入れない人もたくさんいました。糖尿病は、合併症から色々な臓器障害を起こします。私は糖尿病を慢性の多臓器不全と呼んでいますが、「合併症を阻止することがこれからの糖尿病専門医の使命だ」と考えたんです。

そのあと、阿部先生の勧めもあって、大学院では栄養学教室というところで基礎的な栄養学の研究をしました。 糖尿病の成り立ちは栄養と深い関係があるので、基礎医学をしっかり勉強してから、臨床に取り組みたいとの思いからでした。食事療法が、糖尿病治療の基本ですからね。

魚の和食

食生活と深い関係がある糖尿病

よく知られている分類では、1型と2型の二つのタイプがあります。1型というのは、膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞というインスリンをる細胞が破壊されてしまうタイプで、一般的には、急激なインスリンの分泌不全が起こります。そのため、治療法としてはインスリン製剤を注射することになります。ウイルス感染などが引き金となって、膵臓のβ細胞に対する自己免疫異常が起こり、発症すると考えられています。

一方、2型は日本人の糖尿病の大部分を占めているタイプです。2型糖尿病は、遺伝的にインスリン分泌能に限りのある体質的要因に加え、環境的要因として内臓脂肪型肥満によるインスリン抵抗性が複合的に作用し、発症すると考えられています。私はインスリン抵抗性を、”インスリンの燃費が悪くなる状態”と説明しています。治療法としては、食事療法・運動療法による肥満の是正が基本となり、うまくいかない場合、飲み薬を使います。

遺伝的な要因については、今、盛んに研究が進んでいて、人種を超えて様々な遺伝子の関与が報告されています。しかし、昨今の我が国における2型糖尿病の増加には、内臓脂肪型肥満が関係しています。これは、生活習慣の変化によるものと考えられます。特に、食生活の変貌は著しい。日本人の戦後の食パターンを見てみると、生活習慣の欧米化に伴い、炭水化物摂取量は大きく減って、脂質の摂取が増えています

国民健康・栄養調査の結果からも、日本人の食卓全般で魚や野菜といった和食パターンが減って、肉や油を中心とする欧米型のパターンが増えていると指摘されています。これが、肥満に繋がっています。このことは、合併症の構造の変化にも反映されています、以前の日本人糖尿病は、腎臓や眼など細い血管の障害が主体でしたが、最近では動脈硬化による心臓や脳の病気が増えています。その背景に、内臓脂肪型肥満によるインスリン抵抗性があるのです。

注意したいのは、日本人は欧米人ほど太っていなくても糖尿病を発症することです。BMIでいうと25以下は標準体重ということになっていますが、日本人は25以下でも、体重の増加とともに糖尿病のリスクが増加します。欧米人と比べて、内臓脂肪がつきやすいのではないかと考えられています。

食生活の欧米化

炭水化物は、糖尿病の敵であるかのようなイメージが定着しているようですが、大きな誤解です。炭水化物の摂取量が増えると、糖尿病の発症リスクが増大するかどうか、欧米でも日本でも確認されていないのです。

では、脂質をどれくらい摂取したら糖尿病になるのかというと、実は、これはまだよくわかっていません。たんぱく質についても同様です。栄養素は体内で相互に密接な連携をしますので、特定の栄養素のみを取り上げて、功罪を論じることは妥当ではないのです。特に、食の在り方を考える場合、背景となる食文化を考慮することが不可欠です。

食事で大切なのは、「eating pattern」

最近では、どういう食材を組み合わせ、どのようなタイミングで摂るか、これを「eating pattern」と呼んで、その意義が注目されています。栄養を食習慣とともに、包括的に評価していこうということです。生活習慣病のリスクを低減するeating patternは何か、国際的な関心事なっていて、WHOから「healthy diet」というモデルが提唱されています。興味深いことに、eating patternには食事そのものだけじゃなくて、食事の時間帯も入っているんです。朝の欠食や、シフトワーカーの食事の時間などです。

健康的なeating patternとして有名なのは地中海食なんですが、和食も健康に良いということで世界的に注目を集めています。和食が良い理由の一つに、魚や野菜を多く摂取することがあります。ただ一つ問題なのは、食塩量が多いことです。

日本の食文化は、世界に類を見ない豊かなものです。使用する食材が多いことのみならず、旬の食べ物といった季節感を重視しています。また、盛り付け方や食器にもこだわっています。このような食に対する美意識は、和食に独特といってよいもの。海外から関心がもたれる所以です。ところが、国内では和食が失われつつある。もっと大切にすべきだと思います。

一方、日本人の食を考える上で重要なことに、昨今話題になっている社会的格差があります。非正規雇用者や一部の高齢者など、経済的弱者にとって、食事は摂れればよいもので、内容は後回しになる。このようなところから、生活習慣病や老年症候群が増えることを、見逃してはならないと思います。

野菜は、食物繊維の重要な供給源になります。食物繊維による慢性疾患やがんの予防効果は、多くの国際的な疫学研究によって立証され、その結果を踏まえて、メカニズムの解明が進み、いろいろなことが判ってきました。

国内外の疫学調査で、食物繊維には2型糖尿病の発症リスクを減らすということが示されています。他にも、心血管疾患の発症リスク、一部のがんの発症リスクを低減することも判っています。この効果は、腸内細菌の働きで得られる分解産物によるものだと考えられています。野菜には、食物繊維以外にもビタミン、ミネラルが豊富に含まれていますので、慢性疾患を予防するという点では、非常に有効な食材だと言えます。

野菜たち

食物繊維には、水溶性と不溶性があります。以前は、水溶性食物繊維は余り効果がないと言われていたのですが、現在では水溶性、不溶性を問わず有用であると考えられています。今後の研究によっては、腸内細菌との関係で、特にこれが良いというのが見つかるかもしれませんね。

高齢社会に向かって、野菜摂取量を増やし健康寿命を延ばす

糖尿病患者さんのみならず、今、日本人の野菜摂取量が不足していることが問題になっています。一概に「野菜何g」とは設定できませんが、食物繊維を基準として考えると、日本人の食事摂取基準2020では「1日20g摂取を目標にする」と記載されています。 特に、20~40歳の若い世代で減っているということが問題です。一方で、65歳以上の高齢者では、比較的、野菜の摂取量は多いようなのです。若い世代、特に子供たちが野菜をしっかり食べる食習慣を身につけるための食育が、これから非常に重要になると思います。

具体的にこの野菜というのは特に無いのですが、食を多彩にするために、様々な色の野菜を食べることお勧めします。野菜に限らず、多くの種類の食材を利用することが、和食の特徴です。肥満のある方を調べると、日常の食材が少ないということが報告されています。つまり、決まったものばかりをたくさん食べているイメージなんです。いろんな食材を使って、食を楽しむことが大切です。

野菜から先に食べると食後の血糖上昇を抑えることができると、以前から言われています。私もこれを実証するために臨床研究を実施し、米飯の前に野菜を食べると、食後の血糖上昇が緩和されることを論文発表しています。野菜は繊維が多いですし、よく噛まないと飲み込みにくい。しっかり噛んで、ゆっくりと食べることも、有益なのだと思います。

よっぽど変な食べ方をしなければ、無いと思います。先ほどもお話ししたように、一つのものばかり、たくさん食べるということがなければ、良くない野菜というのは無いんじゃないかな。

現在の日本の大きな課題は、「超高齢社会」です。私は今、訪問診療に関わっていて、認知症をもった高齢者のお宅に毎日お伺いするのですが、制度的にもマンパワーの面からも、介護に十分な体制ができているとは言えません。この先、ベビーブーマーが介護の領域に入ってくるとなると、このままでは深刻な事態になるでしょう。

健康寿命をいかに伸ばすかということが、重要な課題であることは言うまでもありませんが、その後天寿を全うするまでが人生です。これまで介護を、長生きした人の特別な問題かのように扱ってきた。でも今では、誰だって、いずれは介護が必要になってくるんです。これを受け入れる優しい環境を作っていくことが、日本の社会に求められていると強く感じます。

国民が質のよい人生を送るために、どのような対策を立てるべきかを考えるとき、社会経済的な議論に加え、生きている限り切り離せない栄養学の視点が不可欠と考えていますそのために、食事や栄養について、もっと知ってもらうことが必要でしょう。

ヤサイビト_宇都宮一典

今、野菜に対する社会的関心の高まりがあります。野菜科学研究会としては、これに応えるべく、野菜の健康機能のみならず、どのようにすれば美味しく食べられるかといった多彩な情報をご紹介しています。最新の研究のエッセンスや野菜にまつわるトピックスを交え、野菜に対する知識を深めていただき、皆様の健康の増進にお役立ていただければと願っております。

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