
秋の味覚「きのこ」が雨を呼ぶ?食卓と天気の意外な関係~森林環境における空中微生物の垂直分布:氷核形成バイオエアロゾルの潜在的発生源に関する研究~
秋の食卓に欠かせない、きのこ。
実は、この身近な存在が地球の天気にまで影響を与えているかもしれない、という驚くべき説があります。
「雨が降ると、きのこが生える」というのは、多くの人が知っていることでしょう。しかし、科学の世界ではその逆の可能性、つまり「きのこが、自ら雨を降らせている」という説が真剣に議論されているのです。

きのこの生存戦略!胞子で雲を作り、雨を降らせる
きのこは「胞子」という、目に見えないほど小さな粒を飛ばして子孫を増やします。これは、植物にとってのタネのようなものです。
この無数の胞子が風に乗って空高く舞い上がると、空気中の水分を集めて雲の粒を作る「雲の核」になることがあります。これが雨を降らせるきっかけになる、というわけです。
生物に由来し、雲を作る核になる物質は「氷核形成バイオエアロゾル」と呼ばれます。
- バイオエアロゾル:生物(Bio)から放出され、空気中を漂う微粒子(Aerosol)のこと。きのこの胞子や細菌、花粉などがこれにあたります。
- 氷核形成:空気中の水蒸気や水滴が、氷の結晶になる現象のこと。雲の中で氷の結晶ができると、それが成長して雨や雪になります。きれいな水だけではマイナス20℃ほどにならないと凍りませんが、「核」があると、もっと高い温度(例えばマイナス5℃など)で凍ることができ、雲が発生しやすくなります。
この説を確かめるため、日本の研究チームが非常に興味深い調査を行いました。
【研究手法】空気を3つの高さで捕まえ、DNAを分析
研究チームは、茨城県つくば市の森林で、季節ごとに3つの異なる高さの空気を集めました。
- 地面の高さ(地表から2m)
- 森のすぐ上(高さ20m):林冠と呼ばれる、木々の葉が茂る最上部の高さです。
- はるか上空(高さ500m)
そして、捕まえた空気の中にどんな微生物がいるのかを、DNA解析という最新技術で徹底的に分析しました。生物の設計図であるDNAを調べることで、目に見えないほど小さな菌類(きのこやカビの仲間)の種類や量を正確に知ることができます。

【結果】空の主役は、季節ごとに入れ替わっていた!
分析の結果、空に浮かぶ菌類の種類は、季節によって大きく変化することが分かりました。
- 夏と冬:空の主役は「きのこ」の胞子
私たちが普段イメージする、いわゆる「きのこ」の仲間(アガリコマイセテス綱)の胞子が、空気中に最も多く存在していました。 - 秋:主役は「カビ」の胞子に交代
きのこに代わり、落ち葉などを分解する「カビ」に近い仲間(ドチデオマイセテス綱など)の胞子が、空の大部分を占めていました。
さらに、研究チームが採取した微生物を実験室で調べたところ、マイナス5℃からマイナス10℃という、雲が作られる上空の温度としては比較的高めの温度で、氷の結晶を作る能力が非常に高いことも確認されました。これは、きのこやカビの胞子が、雲の発生を効率よく促す「優秀なタネ」であることを意味します。
この研究は、森林が季節ごとに異なる種類の「雲のタネ」を空に供給していることを、世界で初めて科学的に明らかにしたのです。
きのこが持つ、壮大な知恵
きのこは、自ら雲の「タネ」となる胞子を空に送り込んで雨を降らせる。そして、その恵みの雨で湿った地面から、また新たなきのこが芽吹く。
そう考えると、きのこはただ雨を待つだけの存在ではなく、自ら気象に働きかけて生き抜く、したたかで賢い生存戦略を持っているのかもしれませんね。
参考文献
- Maki T et al ., Vertical distribution of airborne microorganisms over forest environments: A potential source of ice-nucleating bioaerosols. Atmospheric Environment. 2023, 302, 119726.
- NHKサイエンスZERO
https://gendai.media/articles/-/99077?page=5 - 国立科学博物館 研究者紹介 私の研究
https://www.kahaku.go.jp/research/researcher/my_research/botany/khosaka/download/khosaka04.pdf