広告マンから農家へ!27歳で就農した青年が継いだ「沃土会」の土作り哲学と、日本の有機農業の未来
埼玉県深谷市。ネギの産地として知られるこの地には、45年にわたり有機農業に取り組む農業生産団体「沃土会(よくどかい)」があります。
代表の小野塚 陽輝さんは、武蔵大学を卒業後、広告制作会社に勤務。しかし、27歳で退職し、地元深谷で就農しました。
祖父の代から続く「土作り」への哲学を受け継ぎ、化学肥料に頼らず、微生物の力で野菜を育てる——。
高温多湿な日本の気候で有機農業を続ける苦労、そして「美味しい」と言われる喜び。若き3代目が語る、土作りの極意と日本の有機農業の未来について迫りました。

小野塚 陽輝
有限会社沃土会 代表
武蔵大学経済学部卒業後、広告制作会社に勤務。27歳で退職し、地元埼玉県深谷市で就農。2024年に有限会社沃土会の代表に就任。
「土が野菜を育てる」沃土会の土作り哲学
ーー「沃土会」というお名前ですが、土作りへの強い思いが込められているのかなと感じます。名前に込められた思いを教えていただけますか?
小野塚:
沃土会は、私の祖父の代から続く組織です。おっしゃっていただいたように、「土」に拘っており、肥沃(ひよく)の「沃」に土と書いて「沃土」です。「ようどかい」と間違われることもあり、読みづらい部分もありますが、「いい名前だね」と言われることが多いですね。
なぜ、土作りが一番大事かというと、野菜が育つのは土だからです。土の中には何万種類もの微生物がいて、様々な栄養素やエネルギーを野菜に供給してくれます。そういった点で、土とそこにいる微生物が野菜を作る、ということを主眼に置いて多様な微生物が育つ土作りからこだわって野菜を作っています。
ーー1980年から活動されているとのことですが、当時から消費者の間で安全な野菜へのニーズは強かったのでしょうか?
小野塚:
生協との取引が始まったタイミングが、この組織の結成と重なります。私はまだ生まれてはいないのですが、1970年代は農薬や化学肥料に関する公害や健康被害が社会問題化していた時代だと聞いています。そうした背景から「食の安全」に対するニーズが高まっていたようです。
当時、野菜の農薬管理は、今と比べるとずさんな状態だったと聞いています。生協に出荷する上で、きちんと管理された野菜を出荷するという取り組みをはじめ、安心安全な作物を提供するために農薬を必要最小限に抑える栽培を始めたと聞いています。

ーーなるほど。「有機栽培」については、どのようなお考えをお持ちですか?
小野塚:
「有機」という点に踏み込むと、沃土会の中では有機JAS認証を受けている者は一名しかおらず、他は有機JASを取得していないので、厳密には「有機栽培」とは謳っていません。
ただ、肥料は全て有機肥料を使っていますし、化学農薬を使用しないで作っているものもあります。これらに関しては、有機JASの基準には該当するのですが、有機JAS認証は畑一枚に対して何万円という費用がかかります。この地域の畑は一区画が狭く、点在しているので、一つ一つ認証を取ろうとするとかなりのコストがかかってしまうのがネックです。
ただ、主な販売先が生協なので、生協とは二者認証でやり取りをしており、有機JASの認証がなくても「有機と同等」として取り扱ってくれる販売先もあります。有機JASを取得しないと「有機栽培をしています」と名乗れないというのは、少し残念な気持ちもあります。しかし、購入してくださる方や食べてくださる方にきちんと説明ができれば、それはそれで問題ないのかなと思っています。
ーー有機栽培と土壌微生物の関係を、もう少し詳しく説明してください。
小野塚:
化学肥料だけで育ててしまうと、微生物の餌になるものが少なく、微生物が少なくなってしまうんです。微生物が土を「団粒構造」にしてくれる働きがあるので、微生物がいなくなると、土が固く締まってしまいます。そうなると、水はけが悪くなって病気になったり、水はけが悪いと、土中に肥料成分が過剰に溜まり、それを野菜が吸いすぎてしまったりします。その結果、虫が寄りつきやすくなるのです。すると、消毒する必要が出てきて、悪循環となります。
でも、有機で土作りをして多様な微生物の力で健康な野菜作りができれば、病気になりづらく、虫にも強い。有機栽培の魅力はそういうところだと思うんです。すごい労力をかけて農薬を使用しないで頑張るのではなく、そもそも病気にならないし虫にも強い、というのが有機の理想の形ですね。
ただ、欧米と違って日本、特に関東の平場の産地は高温多湿で、有機栽培には向かない気候なので大変です。
良い土とは、水はけが良くて水持ちも良い土
ーー「土作りにこだわる」というお話がありましたが、私たち素人からすると、良い土と、良くない土の違いが分かりにくいです。具体的にどのような土を「良い土」と呼ぶのでしょうか?
小野塚:
「良い土」とは、水はけが良いのに水持ちも良い、という相反する二つの要素を兼ね備えている土が理想です。加えて、栄養分が流れ出しにくい土であることも重要です。
ーーその理想の土を作るために、具体的にはどのようなことをされているのですか?
小野塚:
そのためには、化学肥料を使わないということがまず一つです。そして、主に有機肥料と緑肥(りょくひ)を畑に投入しています。
緑肥というのは、ソルゴーやヘアリーベッチといった、いわゆる「草」のことです。草の種を蒔いて、まずは草を育てます。草が背丈よりも高く伸びたら、それを畑の中に鋤込みます。そうすると、食物繊維(セルロース)という硬い部分が土に供給されます。これが畑に隙間を作ることで水はけが良くなりますし、セルロース自体が微生物の餌になるので、微生物が増えます。

微生物が増えると、彼らが出す粘土質のようなもので、土の保水力や保肥力(肥料の持ち)、そして排水性、つまり団粒構造が良くなって良い土になります。ですから、有機肥料と緑肥、そして時には外から微生物資材を一緒に混ぜ込むこともあります。
ーーなるほど。専門的には、何と呼ばれる方法なのでしょうか?
小野塚:
今説明したのは、「土中堆肥化」と呼ばれ、有機物(緑肥の草やワラなど)と肥料、そして、必要に応じて微生物資材を土の中で発酵させるイメージです。有機物を土の中にいる微生物たちが食べたり分解したりして発酵してくれて、約一ヶ月くらい経つと良い状態になります。
手をかければ応えてくれる。有機農業の苦労と喜び
ーー農作物への影響を考えると、有機農業には大変ご苦労が多いのではないでしょうか。虫などに対して、具体的な苦労話があればお聞かせください。
小野塚:
うちは露地栽培がメインなので、どうやっても虫はやって来ます。主に、冬場の葉物野菜は化学農薬不使用で栽培するので、種を蒔いた後に支柱(弓)トンネルを作り、そこに防虫ネットをかけます。これで外からの虫は防げるのですが、このネットを開けるのが大変です。
収穫の時期になると、どうしても草が生えてくるので、ネットに草が絡みつくことがあります。夏場は特にひどくて、一度ネットを開けるのに30分かかる、ということもあります。暑い時期に種を蒔いてネットをかけ、土寄せをする作業は、本当に大変ですね。
ネットをしていても、どうしても虫が発生して野菜を食べてしまいます。葉物野菜は、調整作業によって出荷できる場合もあるのですが、そういった出荷調整作業にものすごく時間がかかります。
例えば、きゅうり栽培では、通常はかなり頻繁に消毒(農薬散布)を行いますが、環境制御されたハウス栽培では、湿度管理などで病気の発生を抑えられるため、消毒の頻度を大幅に減らせています。消毒作業は体力も使いますし、自分自身にもかかってくるので、自分の健康のためにも農薬の使用を減らしていく、という気持ちがあります。
ーー本当に、ご苦労が絶えないんですね。逆に、有機農業をしていて良かったのはどんな時ですか?

小野塚:
食べてもらった時に「美味しい」と皆さんが言ってくれることですね。それは、自分自身も感じています。就農して6年ほどになりますが、元々、自分の家で作っていた野菜が美味しいから農業をやろうと思った、という経緯もあります。
都内で暮らしていた学生時代や社会人になってからも、たまに実家から送られてくる野菜を食べると、やはり「本当に美味しい」と思っていたんです。野菜のプロである自分自身が美味しいと感じる位なので、「美味しい」と言ってくれた人も、本当に美味しいと感じていると思っています。
作物も、手をかければきちんと応えてくれるというのがあります。そして、考えることが本当にたくさんあります。農家というと、おじいさんおばあさんが昔ながらのやり方で頑張って続けている、というイメージもあるかもしれませんが、例えば「いつ種を蒔いたらいいか」とか、肥料散布の時期などについても、かなり科学的に考えており、感覚だけでなく、きちんと分析していかなければならないと感じています。
そういった様々なことを計算して、結果的にうまくいくとすごく嬉しいですね。毎年環境は変わりますし、改善を続けていかなければならないのですが、それが楽しいです。
付加価値のある野菜が選ばれる仕組みを
ーー農業を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化しており、厳しい話もあります。一方で、大きな可能性があるとも感じています。日本の農業がどのような方向に進んでいくか、お考えがあれば教えてください。
小野塚:
農家の人口は減少し、平均年齢も70代という状況です。農家の数は減っていますが、生産量自体は何とか維持されています。これは、大規模農家が増えているからです。今後も効率的に農業を進めていくことは必要ですが、私たち農家の力だけでは実現が難しく、行政などに主体となって取り組んでもらいたいですね。
その一方で、本当に美味しいものを作る、ということも重要だと考えています。食べる人が減っていく中で、いわゆる量産型のものだけを作るのではなく、きちんと味で評価されるものや、その作り方に意味があるもの、環境に良いものが求められる時代になってくるのではないでしょうか。今の若い世代は、環境意識が高いですからね。
ーー農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」は、農薬や肥料の削減、有機農業の拡大を大きな目標としています。沃土会さんは、こうした農業を長年実践されてきた先駆者として、この取り組みをどのようにご覧になっていますか?
小野塚:
「みどりの食料システム戦略」について言えば、これまで私たちがやってきたことが国の方向性として示された、ということなので、私たちの取り組みは正しかったという思いがあります。私自身は、祖父から受け継いだことを当たり前のようにやってきたのですが、このやり方が間違いない、この方向をさらに進めていくことがベストなのだ、と改めて感じるきっかけにもなりました。
この戦略では、有機農業の面積を25%まで拡大するという、かなり壮大な目標が掲げられています。その目標が妥当かどうかは分かりませんが、そうなっても、国民が食べられるだけの量を作っていくことは必要だと感じています。
ーー沃土会さんの考え方は、「身土不二」にも通じるものがありますね。

小野塚:
有機農業は、「身土不二(しんどふじ)」という考え方に似ていると思います。自分の身の回りにあるもので全てを調達すれば、色々な合理性が生まれる、という言葉なのですが、私たちが有機肥料を使っているのも同じ考えからです。
近隣の畜産農家から出る堆肥を使ったり、海のものも入れる必要がある場合は、国産のカキ殻を使うなど、できるだけ国内で調達するようにしています。他にも、窒素分は、国産菜種油の絞りカスを使うようにしています。
日本では、化学肥料はほぼ100%海外から輸入しています。国内で調達できる仕組みを考えておかないと、有事などで急に海外から肥料が手に入らなくなったときに、代替品を国内で調達しようと思っても難しいですよね。とはいえ、急に方向転換するのは難しいので、徐々にやっていく必要があると思います。
あとは、そのように作られた農産物が「選んでもらえる仕組み作り」が重要だと考えています。値段が高くなりすぎて求められなくなってしまうと、取り組みを続けることができません。いわゆる、経済的な意味でのサステナビリティがなければ、農家も生活していかないといけないので続きません。そういった野菜が求められるような環境作りや仕組み作り、そして、消費者のモチベーションや感覚を養うという方向も、セットで取り組んでもらうべきだと考えますね。

ーー環境負荷の低減という価値と、消費者が購入しやすい価格のバランスについて、生産者としてどのようにお考えでしょうか?
小野塚:
野菜の値段は、一般的には需要と供給で決まってしまうので、私たちがコントロールできるものではありません。そのため、沃土会は、自分たちで価格にある程度の決定権がある販売先として、農協だけではなく自分たちで販路を見つけるということを選んだ団体です。
生協などとは直接、値段交渉をして「これが適正価格です」という形でやり取りをしています。今年の年初のようにキャベツが400円で売れる、といったことはありませんが、安定的に100円台や200円台で売れて、50円になることはない、といった形で販売しているので、ギャンブル性が少ない販売方法をとっています。
我々としては、定額できちんとした価格でずっと運用できる方が良いと考えています。ギャンブル性があると、儲かる時は儲かりますが、長く続けることが難しいので、意味がありません。
環境負荷の低減といった点を、きちんとクリアした作物であることが付加価値になるのであれば、他の野菜と多少は区別して販売できるようになると良いな、と思います。そして、お客さんがそれを「選んでくれる」ような、何らかのモチベーションがあると良いですよね。