ヤサイビト_増田 秀美 増田採種場株式会社

100年先の食卓を見据えて。「プチヴェール」「ソフトケール」を生んだ増田採種場が描く、品種開発の未来

この記事をシェアする

2024年、創立100周年を迎えた増田採種場

キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなど、私たちの食卓に欠かせないアブラナ科野菜の品種開発に100年間、ひたすら向き合ってきた種苗会社です。

戦後の食糧難には「安定した収穫」を。
高度経済成長期には「美味しさ」を、そして現代には「健康と機能性」を。

常に10年先から逆算し、「その時代に、人々が何を求めるか」を考え、時代の半歩先を行く品種を世に送り出してきました。

世界初の野菜「プチヴェールⓇ」、お好み焼きに特化した「おこシリーズ」、そして柔らかく食べやすい「ソフトケールⓇ」。

増田採種場の品種には、いつも消費者に寄り添う想いと、農業の未来を変える戦略が込められています。

こちらの記事では、専務の増田秀美様に、100年の歴史に刻まれた品種開発の物語とこれからの野菜の可能性について、たっぷりとお話を伺いました。

増田 秀美さん

増田 秀美
増田採種場株式会社 専務取締役

大学卒業後、大手企業に就職するも、仕事と家庭の両立を実現させてきた2児の母。2008年、夫の会社である品種開発メーカー㈱増田採種場の専務取締役に就任。 昨今、人気の高いかわいらしい野菜「プチヴェール」の名づけの親。

10年先を見据えた品種開発。戦後から現代まで、人々の求めに応え続ける

増田:
私たち増田採種場は、創立以来100年間、アブラナ科野菜の育種一筋で歩んできた会社です。

アブラナ科と聞いても、多くの人は馴染みがないかもしれません。実は、キャベツやブロッコリー、カリフラワーといった日々の食卓に並ぶ多くの野菜がこの仲間なんです。

特に長年、アブラナ科野菜の原種ともいえる「ケール」に注目し、研究を続けてきました。ケールが持つ高い栄養価や強い生命力に魅了され、その価値を日本の食文化に根付かせたいという想いから、単なる青汁の原料としてだけでなく「食べる野菜」としてのケールの可能性を追求する活動を進めています。

品種開発には、約10年の歳月がかかります。私たちは常に10年先の未来を見据え、「その時代に人々が何を求めるか」を想像しながら開発に取り組んできました。

我々の歩みを紐解くと、戦後の食糧難の時代には、何よりもまず「安定的に」「たくさん」供給できることが求められました。病気に強く、生産者の方が栽培しやすい、均質な品質の野菜を開発することが最大の使命でした。

そして、高度経済成長を経て1980年代、日本が豊かになると人々は「美味しさ」を求めるようになると予測しました。そこで生まれたのが、「自然っておいしいね」という企業理念です。生産の安定性に加え、「味」と「食感」を追求し、生で食べても美味しい「味のこだわりシリーズ」のような品種を開発しました。

増田:
次の1990年代は、「健康と機能性」の時代です。飽食の時代を迎え、次に訪れるのは「健康」を意識する時代だと考えました。

この思想から生まれたのが、ケールと芽キャベツを掛け合わせた世界初の野菜「プチヴェールⓇ」です。

増田採種場の畑

プチヴェールには、私たちの想いが詰まっています。家庭向けには、“女性の社会進出が進む中でも、手軽に家族の栄養管理ができるように”という想いを込めました。小さな一粒にビタミンやカルシウムが凝縮されており、さっと茹でるだけで美味しく食べられます。また、その可愛らしい見た目は、食卓に彩りと「これ、何の野菜?」という家族の会話を生み出します。

生産者向けには、農業従事者の高齢化を見据え、キャベツのような重量野菜の負担を軽減したいと考えました。プチヴェールは一本の木からたくさん収穫でき、一つひとつが軽い軽量野菜です。これにより、生産者の方が少ない負担で収益を上げられる仕組みを目指しました。

増田:
現代はインターネットが普及し、情報とモノが溢れています。消費者は、「何を選んだらいいか分からない」という状況に陥りがちです。

そこで私たちは、あえて用途を絞った品種開発に挑戦しました。その代表例が、お好み焼きソースで有名な「オタフクソース」様と共同開発した「お好み焼きキャベツ=おこシリーズ」です。

春夏秋冬で最適な品種を「はるおこⓇ」「なつおこⓇ」「あきおこⓇ」「ふゆおこⓇ」として提供することで、消費者は迷わずお好み焼きに最適なキャベツを選ぶことができます。これは、品種という専門的な領域から一歩踏み出し、消費者の選択を助け、買い物を楽しくするという試みです。

増田:
通常、店頭に並ぶ野菜に「品種名」が表示されることは稀です。しかし、私たちは品種そのものが持つ物語や価値を直接、消費者の皆様に届けたいと考えています。

「プチヴェール」が、品種名でありながら商標でもあるように、品種名で野菜を選んでもらえる文化を創り出すこと。そして、栽培方法や商標といった知的財産を組み合わせ、農業全体の価値を高めていくこと。それが、私たちの挑戦です。

これからも増田採種場は、常に消費者に最も近い場所で発想し、時代の半歩先を行く品種開発を通じて、日本の食卓と農業の未来に貢献してまいります。

運命的な出会いから生まれた品種たち。開発秘話に込められた想い

増田:
私たちの100年の歴史の中でも、ケールとの出会いは運命的でした。

元々、キャベツの病気である根こぶ病に強い品種を作るため、抵抗性を持つ素材を探す中でケールの力に着目したのが始まりです。実は、日本でケールの品種登録第一号から第五号までは、すべて弊社の開発品種なのです。

しかし、当時のケールは青汁の原料というイメージが強く、葉が大きくて硬いため、日常の食事に取り入れるには難しいという課題がありました。このゴワゴワしたケールを、頑張って食べましょう、というのは無理がある。自分でも、毎日食べるのは難しいと感じていました。

増田採種場の品種

増田:
この課題を乗り越え、ケールを食べる文化を創りたいという一心で開発したのが、栽培方法に秘密がある「ソフトケールⓇ」です。

通常、ケールは葉を一枚ずつ収穫するために株間を広く取りますが、あえて狭く植え、株ごと収穫するという逆転の発想でした。この特許取得の栽培法により、ほうれん草のように柔らかく、お味噌汁や炒め物、餃子の具にまで使える、万能なケールが誕生したのです。

この開発には、忘れられないエピソードがあります。ある日突然閃いて、生産スタッフに「試しに株間を狭くして作ってみて」と突然お願いしたのがきっかけでした。

しかし、最初にできたものは、根を切った瞬間にしなびてしまい商品になりません。苦肉の策として、根を洗って付けたまま、当時恵比寿にあった三越に売り込みに行きました。すると、海外からの帰国者などが多いという客層に意外にも受け入れられ、買ってくださる方が現れたのです。そのおかげで研究を続ける時間を稼ぐことができ、現在の形を完成させることができました。

お客様との出会いも含め、このソフトケールの誕生は衝撃的な出来事でした。

増田:
もう一つ運命的な出会いから生まれたのが、「えのきブロッコリーⓇ」と名付けたブロッコリーです。

開発のきっかけは、「軸が固くて食べられない」「筋っぽい」といった消費者の声でした。私たちはアブラナ科の専門家として持つ豊富な素材を組み合わせ、消費者の理想を形にしたブロッコリーを目指しました。

完成したブロッコリーは、驚くほど甘く、特に軸の部分が絶品です。これを一歳位の子に渡すと、逆さまに持って甘い軸の部分から夢中で食べてくれたんです。その姿を見た時は、本当に嬉しかったですね。

このブロッコリーは、蕾が柔らかいため長距離輸送には向きませんが、そのぶん「地元で作ったものを、地元のスーパーで」という地産地消の形で届けたいと考えています。消費者の声に真摯に耳を傾けたからこそ生まれた、運命の品種だと感じています。

未来の野菜と種子の国産化。「アスリートベジタブル」が目指すもの

増田:
これからも、私たちの品種開発の軸は変わりません。消費者に近い場所で発想すること、そして、何よりも美味しさを追求すること。これは、私たちの揺るぎない理念です。

その上で、私たちが未来の食環境を見据えて掲げるのが、「アスリートベジタブルⓇ」という新たなコンセプトです。これは私たちの登録商標でもあり、これからの時代の重要なキーワードとなる健康への、私たちなりの答えでもあります。

真の健康は、食事だけで得られるものではありません。運動と食事が両輪となって、初めて心身ともに健やかな生活が実現できると私たちは考えます。

増田:
「アスリートベジタブル」が目指すのは、日々の運動やスポーツの効果を、食の力でさらに高めるような野菜です。しかし、それは決してサプリメントのようなものではありません。あくまで野菜として、味わい、楽しむことを大切にしながら、皆様の健やかな体づくりをサポートしていく。これが、増田採種場が描く未来の野菜の姿です。

しかし、種子も野菜と同様に自然環境の中で育まれるため、世界的な気候変動の影響を受け、採種は年々難しくなっています。

そのような状況下で、私たちが一貫してこだわり続けているのが、人にやさしい品種開発です。育種の段階から、人の手による交配や、蜂の力を借りた自然な交配を大切にしています。様々な技術がある中で、私たちは自然の摂理に沿った安全な手法を基本としています。

増田採種場のケール

増田:
そして、もう一つ、私たちが強く取り組んでいるのが種子の国産化です。

現在、日本の種子自給率は10%を切るという厳しい状況にあります。もし種子の輸入が止まれば、国内での野菜生産は不可能になってしまいます。国民の食を支えるためには、国内で種子を安定的に生産できる環境が不可欠です。

私たちはこれを重要な課題と捉え、高品質な種子を国内で安定供給できるよう、努力を続けています。

「品種」で選ぶ文化を創る。日本の農業と食文化の未来のために

増田:
日本の品種開発力は、世界的に見ても素晴らしく、絶対的な強みだと確信しています。この強みを未来へ繋げる鍵は、消費者の皆様に「品種」の存在をもっと身近に感じてもらうことにあると考えています。

消費者が品種に興味を持てば、それを食べてみようという行動に繋がります。野菜を摂ることが健康に繋がるのはもちろんですが、「品種」という深い階層まで知ることで、マーケットはさらに面白くなり、活性化するはずです。

増田:
農業や食という産業はなくなりませんが、ビジネスの構造には課題があります。私たちは、品種が持つ物語や機能性といった「知的財産」を価値として認識していただき、加工メーカー様などと共に商品価値を高めていく、そんな協業が日本の食文化を豊かにすると信じています。

先日、ローソン様と共同開発した品種のキャベツを使ったお好み焼きが東海地区で発売され、前年比2倍の売上を記録しました。これは、品種にこだわることが、美味しさ、そしてビジネスとしての成功に繋がるという素晴らしい成功事例だと思います。

このようなストーリーを一つひとつ積み重ね、品種の価値を伝えていきたいと考えています。

増田:
「野菜には、品種があります。その違いを知って、食生活を楽しんでもらいたい。」

これが、私たちが一番伝えたいメッセージです。

普段、スーパーで野菜を品種名で選ぶことは少ないかもしれません。しかし、例えばキャベツ一つとっても、実は、何百種類もの品種が存在します。

その背景にある開発者の想いや、それぞれが持つ味、食感、機能性の違いを知ることで、日々の食はもっと興味深く、豊かなものに変わるはずです。

「品種」という新しい視点を持つことが、皆様の食卓をさらに楽しくするきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

公式SNS
フォローしてね

このサイトをシェアする